『リズと青い鳥』(2018:日)感想 切なく、狭く、暖かい、一瞬の青春世界の記録

この作品はTVアニメ響け!ユーフォニアムの時系列的には先のスピンオフのお話。山田尚子監督や脚本の吉田玲子氏など、スタッフは2016年のロングランのヒットとなった聲の形の面々が再結集した作品でもある。ちなみに僕は『響け!ユーフォニアム』は1期を以前見た程度だったので、直前に2期を視聴の上鑑賞に望んだ。
liz-bluebird.com

f:id:cemetrygates1919:20180425150123j:plain
来場特典のカードとパンフレット。パンフレットは感想を書く際にもかなり参考にさせて貰い、とても面白かったので来場した方は是非。

あらすじ

吹奏楽部に所属する、オーボエ担当の鎧塚みぞれとフルート担当の傘木希美の二人の少女。3年生である彼女たちは最後のコンクールで披露する自由曲リズと青い鳥にてオーボエとフルートでの掛け合いのソロパートを務める。曲のもととなった童話を内容をなぞりつつ、彼女たちの想いはすれ違い揺れ動いてゆく。

作品紹介(多分ほぼネタバレなし)

映画のことを書くにあたって、ネットの場末とは言えこれまで視聴後の方々のみを想定した感想はもったいないかなあとは少し思っていたのだが、今回ちょうどいい機会なので未見の方に向けての紹介もできたらなと思う。

というのも、この映画の内容をお伝えしてお勧めしたい気持ちはとてもあるのだが、この美しい映像作品に対しての僕個人の発言によって、皆様の大切な真っさらな視聴体験を多少でも汚してしまう行為はあまりにも惜しく心苦しいなとも思ってしまうのだ。故に公式サイトに載っている程度のあらすじはまだしも、それ以上の本編に対する情報を、この映画についてべらべらと語りながら勧めたい欲求を我慢してでもお渡ししたくないなと思ってしまうのだ。もちろんネタバレに関することは突き詰めるとどんな作品でもそうなるであろうとは思うのだが。

そういえばこの作品『ユーフォ』シリーズの時系列的には続編にあたるので、そこをチェックしていないとどうだろう……と思う方も結構いるのではないだろうか。
お話的には独立しているので、恐らく初見でもちゃんと楽しめる作品ではないだろうか、と勧めたいのが正直なところだが、無責任でもあるので差し障りない程度にご説明したい。今回の『リズと青い鳥』は時系列的には響け!ユーフォニアム』及び続編の『響け!ユーフォニアム2』というTVアニメの後の物語となる。映画の内容に直接関係してくるのはみぞれと希美のお話がメインとなる響け!ユーフォニアム2』の序盤のエピソードであり、『リズと青い鳥』の前日譚的な位置づけとなる。映画を見るにあたって履修が求められるのはこの序盤の数話ぐらいだと思うのだが、2期ということで当然1期のネタバレは覚悟しなくてはならないし、また映画自体も時系列的に「TVシリーズの内容をなるべく知りたくない!」という方は警戒すべきかもしれない。TVアニメの『ユーフォ』シリーズも大変面白い作品なので、こちらが気になっている方は順番に見ていくのが結局オススメかも。
重ねてになるが映画自体はシリーズ内容を知らなくても素晴らしいものだと思うし、映画を見てからTVシリーズをさかのぼってみるのもいいと思う。そこの視聴スタイルに関しては、各々の判断におまかせしたい。

この作品はとにかく動き、背景、演出、声の演技、BGMからSEに至るまで一分の隙もないと実感させられる気合作であって、普段無責任な僕でも思わず勧め方やネタバレに繋がりそうな発言には慎重になってしまう。しかしその上で是非一人でも多くの方に観てほしい素敵な作品であり、特に「人と人との関係性」だとか「思春期の少女の言語化不能の感情」といった要素がお好きな方々は是非劇場に足を運ぶべきだ。丹精を込めて描かれた二人の少女のあまりにもピュアで大きな感情を、是非皆様自身の眼で目撃していただきたい。

感想(ネタバレあり)

一回視聴時のもので、一応再度見に行く予定なのでその時にまた違う気づきや感想があったら追記ないし記事を書くかもしれない。










繊細な絵と音によって形作られた作品世界

京都アニメーションお得意の繊細な画作りはもちろん健在。『響け!ユーフォニアム』と比べると線が細くなり、また全体な色合いも彩度低めに仕上がっているのでTVシリーズとは見た目だけでもかなり違いがある。パンフレットのキャラクターデザインの西屋太志氏のインタビューでは「『生っぽさ』を強く意識した結果、華やかで肉感的な『ユーフォ』シリーズに比べるとある意味では色気をあまり感じさせないデザインとなった」というようなお話もあった。そうして演出されたみぞれと希美の「現実」は、極めてリアルな質感でスクリーンに映し出されることになるのだ。
そんな「現実」の一方で目を引くのがカラフルかつファンタジックに描かれた『リズと青い鳥』という「童話」のパート。一人ぼっちの少女リズと、そんな元に現れた青い髪をした少女。二人は仲良くなり一緒に暮らしていくが、実はその青い髪の少女の正体は青い鳥だったのだ。少女の幸せを想うが故に、リズは青い鳥との別れを決意し大空へと飛び立たつ小鳥を見送る――というような悲しいお話。コンクールの曲のもとにもなったこの童話のストーリーが、みぞれたちが物語を噛みしめるようにアニメーションとして挿入されるのだ。
これが映画において良いアクセントとなっており、退屈させまいという構成の工夫を感じる。またアニメ作品における写実的なアプローチというのは高いクオリティであるほどアニメーションである必然性が少なくなってくる、というジレンマもある。そういう観点でもアニメ作品ならではの強みをこの手法によって持たせているのは見事だ。

また、『音』の使い方にも息を呑む。作品冒頭、おとなしいみぞれ・他人の生徒・快活な希美とそれぞれの足音の違いを際立たせており、この足音はセリフ以上にキャラクター情報を雄弁に語る。これがBGMと相まってリズムを刻むようにも聞こえるのもなんとも心地いい。冒頭のこのシーンから早速、この作品の音に対する姿勢に圧倒される。
他の場面においてもあくまで音響は「静」という佇まいであって、ストーリーのために敢えて投げられる派手なBGMはほとんどなく、音は彼女たちの世界を静かに包み込むようだ。こうした音響面でも「生っぽさ」が感じられる作りであったように思う。
音にまつわる音楽の牛尾憲輔氏、音響監督の鶴岡陽太氏といった面々も『聲の形』と共通するスタッフだ。『聲の形』は難聴の少女とそうでない少年の交流をメインに据えているのだが、その両者の断絶と繋がりとを時に静かに時にセンセーショナルに彩っていた音の使い方が非常に印象的な作品。そんなメンツが「吹奏楽」という音楽を通じての人間模様を描いてきた『響け!ユーフォニアム』の外伝を担当するというのはなるほどかなりハマっている。
『ユーフォ』シリーズというのは吹奏楽という題材に真摯に取り組んできた作品である。1期最終回の演奏を丸々流してみせる思い切った構成であったり、技巧そして感情の違いを音での変化で聴かせることで視聴者に届けるというのもそうだ。この映画でも特に重要な演奏シーンがある。作品タイトルを冠した『リズと青い鳥』という曲の演奏が披露されたのは、あくまで通しの練習という通常ならばけして山場足りえない局面。しかしここで流されるあまりにも感情的なみぞれのオーボエに圧倒される。音楽を通じての感情表現というアプローチでは共通しているものの、コンクールという存在に向けて歩んでゆく『ユーフォ』シリーズとは全く別のふとした局面での感情の爆発に、両者のスタイルの違いを感じ取ることもできる。

内省的で閉じた『リズと青い鳥』の世界

響け!ユーフォニアム』と『リズと青い鳥』という2つの作品のスタイルの違いとはどのようなものだろうか。
『ユーフォ』シリーズでは北宇治高校吹奏楽部が全国大会を目指すというストーリーを掲げ、部活動という要素をメインとして群像劇チックに多くのキャラクターに焦点を当てていった。主人公は黄前久美子というキャラクターではあるものの、同学年の部員の恋愛模様をやってみたり、またオーディションではそれぞれのパートごとにドラマを見せたりする。そうして紡がれたのは「みんな」の物語であって、様々なものを抱えつつも次第にまとまってゆく吹奏楽部の物語だったのだ。みぞれと希美も2期序盤ではドラマの中心となり、吹奏楽部の物語を作り上げるキャラクターの一員としての役割があった。
では『リズと青い鳥』はどうかというとこのアニメはみぞれと希美、どこまでも「二人だけ」の物語であったように思う。みぞれが希美を見つめるという世界、そこに広がりはなくどこまでも内省的であって閉塞的な世界。
それは今の瞬間を閉じ込めておきたいみぞれの世界でもあるだろうし、対等のような関係をどこかで求め続けていた希美の世界でもあるかもしれない。そんな世界を舞台にでこの作品は二人の類似点と相違点を冷静に、残酷に、そして優しく描き出していった。

外に出かけることも当然あった『ユーフォ』シリーズと違い、今作は登校シーンから始まり下校シーンに終わるまでの間は童謡パート以外はずっと校内のカットだったというのも思い切った構成。プールに遊びに出かけるという話が出た後も、楽しかったねと写真を見せてそれ自体はばっさりカットだ。こうした作りについてパンフレットで脚本の吉田氏は、「鳥かごのような作品にしたいという共通の認識があった」と語っている。まるで学校という空間に捕らえられたかのような少女たちの姿は、閉じ込められた青い鳥の姿と重なる。

このような閉じた空間の中で作り上げられた『リズと青い鳥』の世界は、完全な希美とみぞれのための世界であると感じた。希美とみぞれの物語を演出するために、学校、靴、楽譜、楽器、窓、水槽、そして彼女たち自身というありとあらゆるものが存在している。そして彼女たちのことがわからない我々は、彼女たちのために作られた世界からなんとかその感情のかたちを拾い上げようとするしかない。
『ユーフォ』シリーズでは主人公である久美子のモノローグが随所にあり、彼女という人間の目を通じて世界を眺めることができた。一方で今回の希美やみぞれがどういったものを胸に秘めているのかというのは私達視聴者には想像をするしかなく、あくまで二人の世界をひっそりとのぞき見しているかのよう。
そしてこの距離感というのは人と人との距離感にも近いのだろう。希美とみぞれ、彼女たち自身もまた想いを胸に秘めたまま、互いに互いのことがはっきりとわからないままどこかズレた交流を繰り返す。そして我々は繊細に形作られた世界を眺めながら、その高められた「生っぽさ」によってどこまでも彼女たちの息吹をリアルに感じてしまうのだ。

モノローグもなく、セリフも説明的でないこの作品はどこまでも絵にて雄弁であろうとする。それ故に90分という時間の中にとにかく無駄のない描写を詰め込んでいる印象がある。
例えば吹奏楽部員の他愛ない雑談の中で「デートに水族館にいった時に可愛くて似ているとフグを見せられショックだった」というような内容の会話があるが、ここで恋慕の象徴として提示されたフグはみぞれが一人水槽のトラフグを見つめるシーンに意味を持たせる。
また童話のパートでリズは青い鳥の少女に赤い実を髪に飾り、そしてまた別のシーンでリズから別れを告げられた少女はショックを受け籠いっぱいの赤い実を落とす。二人の繋がりとして示された赤は、現実世界でもみぞれがオーボエの手入をする時の赤い糸として登場する。これはそのまま運命の赤い糸を必死に握りしめようとするみぞれとも読めるかもしれないし、また吹奏楽部をきっかけに知り合ったみぞれと希美にとっては楽器は二人の出会いの印でもある。二人の声が最後の最後に重なった「ハッピーアイスクリーム」の場面がコンクールの話題というのも、こことつながっているかもしれない。
劇中のこうした一つ一つの描写が、彼女たちの関係や感情といったものを指し示しているように思えるのだ。

とはいうものの身も蓋もない事を言うと作品の解釈というのは視聴者に委ねられた自由である反面正解はない。いや大抵の場合なんとなくの正解のかたちは示され、そこを補っていくのが描写の解釈の流れかなと思うのだが、今作において何が困難かというと希美とみぞれの二人の複雑に絡み合った内心については結局はっきりとはわからずじまいだったためだと思う。
なのであくまで僕の色眼鏡と脳を通して言語化したものが果たしてどの程度の"正解"かはわからないが、必死にすくい上げようと試みた彼女たちのことについて、勝手ながら書かせていただきたい。

リズと青い鳥」と「傘木希美と鎧塚みぞれ」

童話において、青い鳥を愛ゆえに逃しひとりぼっちに戻る「リズ」と、リズを愛しているからこそその選択を受け入れるしかない「青い鳥の少女」という二人がいる。映画のストーリーをたどると、当初みぞれは快活な希美と自分を比較し、自分をひとりぼっちだったリズに重ねようとする。しかし、音楽の才能という翼に気がついて行き、そして愛する者の選択を受け入れる青い鳥こそが相応しいのではないかということに気がつく。希美もまたそのことに気が付き、「籠の鍵を開ける」のだった。

鳥と人間、地上と空で生きる世界が異なるために別れを選ぶことになったリズと青い鳥。生きる世界の違いというのは、高校3年生という状況で各々の進路に進む希美とみぞれたちの姿とも重なる。終盤では、音大受験に向かいオーボエを練習するみぞれと、普通校のために勉強をする希美の姿が対比して描かれた。童話のリズと青い鳥、その関係性に自覚的になった彼女たちの生きる世界は違うのだろうか。そのまま鎧塚みぞれは「飛び立つ青い鳥」であって、傘木希美は「それを見送るリズ」だったのだろうか。

しかし個人的には童話の関係がそのまま二人にあてはまるものではないと思う。映画の冒頭で「disjoin=互いに素」と示された二人の関係。両者を割り切ることができるのは1のみであり、公約数というものを持たないほとんど重ならない関係。しかし最後の最後で希美とみぞれの声はふとした瞬間に一致する。それは控える吹奏楽部最後のコンクールへの意気込みの言葉。そのとき二人の関係は「dis」が塗りつぶされ、「joint」となるのだった。映画の最後でついに二人のそれぞれに対する想いが重なる瞬間があったのだ。

二人の想いとはどのようなものだったのだろう。みぞれの希美に対しての感情は、ハグのシーンで示されたように基本的に「希美の全てが好き」だったのだろう。脚本吉田氏はみぞれについて「恋する人」と話している。
では希美はどうだったのか。彼女は一度はみぞれから求められたハグをやんわりと避けるものの、再度みぞれから抱きつかれたこの時にの「全てが好き」に対して「みぞれのオーボエが好き」と返している。希美は『響け!ユーフォニアム2』の4話で、彼女が吹奏楽部をみぞれに相談せず辞めた理由に関しても「みぞれは頑張っていたから」「みぞれのオーボエが好き」といったことを伝えている。かつて暖かい言葉として響きつつも、今回はどこか突き放すようでもあった「みぞれのオーボエが好き」という言葉。それは共にいた事でズレてしまった二人の関係に目を背けようとしていた希美が勇気を出して放った言葉でもあるだろうし、みぞれの才能への嫉妬を孕んだ言葉のようにも思える。

ひた隠しにされた希美の複雑怪奇な感情について、正直言って観測者でしかない僕が言語化できるようなものではないのだろうし、そして無理にすべきではないのだろう……という無力感を感じてしまったりもする。
ただ希美がみぞれのオーボエ「だけ」を好きかというとそうではないのだと僕は思う。ハグのシーンで、彼女が「忘れた」と話したみぞれと希美の出会いの場面。しかしその後の回想で流れたその出会いのシーンは、みぞれの顔が映されたものであり、すなわち希美の視点での出会いの思い出なのだ。希美にもきっとみぞれへのいろいろな「好き」があって、そんな二人の「好き」がふと重なったのがハッピーアイスクリームのシーンだったのだと僕は思いたい。
最後のコンクールを控えた高校三年生の夏。オーボエの赤い糸は、きっと繋がっている。

刹那を切り取るということの希望

個人的な話だが希望に満ちた創作物というのが自分は好きで、それは厳しい現実の中で出来上がった「作り物」の物語だからこそ報われるお話だとか、幸せなエンディングを見たいという想いがあって。
この映画のパンフレットにも「ハッピーエンドは映画が作り出したマジックというか、生きる術である」という話が出ていて、なるほどと深く頷いた。『リズと青い鳥』という映画がハッピーエンドかどうかというのは人によって感じ方が変わってくるだろうとは思うが、山田監督によると希美が話す「物語はハッピーエンドがいい」という心情に向けて組み立てていければ、という想いがあったらしい。「作り物」でありながらもそこに「リアル」を積み上げたからこそ、エンディングを幸せにしすぎるのは嘘っぽくなってしまうということなのだろう。故にこの映画はあくまで「ハッピーエンドに向かっていく」終わり方をするのだ。

鳥かごからあるき出した希美とみぞれの物語は今後どうなってゆくのだろう。ただ未来がどんな形になろうとも、この映画の90分で描かれた彼女たちの時間は、そして最後に重なったあの言葉は、決して色褪せることがない。あの瞬間に彼女たちには「joint」があったのだ。
本作の主題歌であるHomecomingsによる『songbirds』という曲の和訳に「歌にしておけば 忘れないでおけるだろうか たった今好きになったことを」という一説がある。僕はこの歌詞がこの作品の素敵さをこれ以上なく端的に表した詩だと思う。いつかは記憶の中から薄れてしまうような青春の1シーン、いずれ消えてしまうあの当時にしかなかった瞬間の熱量を、忘れないでおけるように切り取ってくれたのが『リズと青い鳥』という作品の優しさであり、精一杯の希望の描き方だったのではないだろうか。
どこまでも繊細で、そして優しく希望に満ち溢れた『リズと青い鳥』の世界。カメラで録画されたかのような希美とみぞれの青春の一瞬を、きっと僕は忘れることがないと思う。

映画『リズと青い鳥』ED主題歌「Songbirds」

映画『リズと青い鳥』ED主題歌「Songbirds」

【シンデレラ台湾】2018/04/07,08 THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS Initial Mess@ge (ライブビューイング) 感想

シンデレラガールズ初の海外単独公演である台湾公演、ライブビューイングに行ってきた。しっかりとしたライブイベントは昨年8月の5th千秋楽以来で、6thアニバイベをニコ生で見たりすぷふぇす初日に参加もしたけれど、それにしてもめちゃくちゃ楽しかったな?

http://idolmaster.jp/images/event/cginitialm/common/logo.png
idolmaster.jp
ロゴは公式ページリンクより。

  • 出演者
  • セットリスト
  • 感想
    • ミツボシ☆☆★
    • ススメ☆オトメ ~jewel parade~
    • Snow*Love
    • Tulip
    • ましゅまろ☆キッス
    • 2nd SIDE
    • S(mile)ING!
    • メッセージ
続きを読む

『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018:日)感想 出会いと別れ、喜びと哀しみ、2つの糸が織りなす人々の愛情の持つ力

true tearsあの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。などの脚本を手がけた岡田麿里初監督作品ということで放映前からそれなりに話題になっていた感じのする本作。上映後もなかなかの注目具合で「有名脚本家の初監督作」という話題性というゾーンを超えていった感触がある。そんな映画。

sayoasa.jp

続きを読む

2017年秋季アニメ感想を殴り書く

あけましておめでとうございます。という頃に書き始めたら次のクールが終わりそうな時期になってしまった。(ギリギリ終わらなくてよかった……)
よくはないが2017年にケリを付けていくべく、感想を書いてゆくぞ。見終わった順。

f:id:cemetrygates1919:20180109003512p:plainDYNAMIC CHORD6話の夏祭り。リアルタイムのアニメの出会いも一期一会だから面白い。いっぱい出会っていきたいのだがしかし時間は有限な辛さといったところで感想を書いていくぜ。

続きを読む

『劇場版Infini-T Force/ガッチャマン さらば友よ(2018:日)』感想 TVシリーズから更に一歩踏み込み問われた「正義」の形とは

2017年の秋に放送されていた『Infini-T Force』が早くも劇場化。TV版は気持ちのいい爽快ヒーロー物に少女の成長なんかも上手く絡めた快作で、あのクールでもかなり好きだった作品だ。ということで劇場版も見逃す手はない、と鑑賞に。

www.infini-tforce.com

あらすじ

ガッチャマンテッカマン・ポリマー・キャシャーンと異なる世界の4人のタツノコヒーローが集結し、女子高生:界堂笑と共に強大な悪と戦うTVアニメの続編。
TV版では激闘の果てに消滅した世界を取り戻し、それぞれの世界へと戻っていった彼ら。そうして平穏な日常に戻った笑の元へ、突然ガッチャマン:鷲尾健が再び現れる。健に馴染みの深い科学忍者隊の創設者である南部博士、科学忍者隊メンバーであるコンドルのジョーが新たに登場し、新たな世界の危機にヒーローたちが再び立ち上がる。

感想

TV版の続編となる今作なのだが、新キャラクターやサブタイトルからも分かる通り今回はガッチャマンの世界が中心となる。とはいえInfini-T Forceの健の世界とは異なる世界が舞台となり、科学忍者隊の創設者であり司令官でもある南部博士は健の知っている彼とは別人。一方でもう一人の新キャラクター・コンドルのジョーは健の元いた世界から劇場版の舞台の世界に来ている……という設定でちょっとだけややこしい。
今回は彼らが物語のキーパーソンなのだが、正直な所ガッチャマンを履修していない自分は馴染みが薄かったので、もうちょっと過去のシーンとか見せてほしかったかな……というのは少しある(関係が理解できる程度の説明はちゃんとしてくれるので、「過去のシーンがもっと必要だった」という主張ではなく好みの話)。というのもこの映画、TV版のおさらいが20分ほどあったので、その尺をそっちに使ってほしかったなと思ってしまうのだ。設定やら話やらTV版の内容を知っていることが前提なので、お祭り的作品ということも含めて秋のアニメを見ずにそのまま映画に来た人に配慮したのかもしれないが、しかし僕的には僕のようなガッチャマンは知らないがITFのアニメは見たよ、という人にやさしくしてくれても良かったのでは? というのが正直な所(あの総尺の集編では本当に必要最低限の設定を把握するぐらいしかできないし……)

さてそんな劇場版、空気感が結構TV版と違う。もちろん正義をテーマとしたヒーローたちの活躍にスタイリッシュなアクションはこちらでも健在なのだが、「強大な悪に立ち向かうヒーローたち」だったTV版に比べるとビターな展開となっており、そんな空気に伴ってか必殺技の披露なんかも控えめだ。
何がビターかというとやはり司令官である南部博士が今回健たちと対立する敵役というのが一番にあり、またコンドルのジョーが「悪しき存在は容赦なく叩きのめす」という感じのダーティーなスタイルをとっていることもそうだ。クライマックスでも、南部博士を殺したジョーは博士と手を組んでいたエージェントの手にかかり、駆けつけた健は彼らの亡骸を見て叫ぶ……という容赦のない展開となる。

本作はTV版と違ったアプローチで何を描こうとしたのか。それはやはり劇場広告のキャッチフレーズでもあった「正義を見失うな」なのだろうと思う。TVにおいては苦難を乗り越えていくヒーローや笑の精神性を通じて、正義という存在の輝きを示したITF。そんなITFというシリーズが次にこの劇場版で問うのがより深い「正義」というものの在り方だった。
TV版の敵役であったZも「娘を救いたい」という一心で世界を破壊しており、それはある意味人の心の正しさの危うさを示すような構図でもあったが、しかしあくまで一人の人間を世界よりも優先するという独善的な行動であった。そしてヒーローたちは違う世界の出身でありながらも、その真っ直ぐな正義の心においては一致していたからこそ初遭遇の共闘から隕石の破壊、Zの撃破までスムーズな流れとなっており、その「正義」というものは一貫したスタイルで描かれていた。

一方で劇場版の登場キャラクターは同じガッチャマン世界の人々でありながら("主人公"同士にならない同じ世界故にかもしれないが)その正義へのアプローチは異なっている。
今回打倒すべき敵となった南部博士だが、しかし彼には過去にギャラクターという敵の襲来を退けた功績があり、たとえその時の決断による被害があったとしても、結果的にはより多くの人々を救った英雄でもあった。しかしその戦いの中で科学忍者隊の仲間を失った彼は哀しみの中で次第に狂っていき、このギャラクター打倒の際に作戦に反対した彼の世界の健を抹殺してしまっている。それでも彼の「平和な世界の中で自分が悪役となる」「来るべき時に備えて力を蓄えておく」というのは彼なりの人類が存続するためのアプローチであり、苦い現実を味わってきたからこその現実的手段とも言えるだろう。
コンドルのジョーの前述した悪への容赦ないスタイルも健たちとは異なる正義の執行の形である。今回の過去回想では彼の働きによりかつて敵組織の同行を科学忍者隊が掴むことができたシーンも描かれ、そのジョーの正義は健の甘さを時に補うような形でもあるということが示されていた。今回の南部博士の打倒に関しても彼の助けなしでは健たちは敗北していたかもしれない。しかしジョーも南部博士の健抹殺を目の当たりにしてから博士への憎しみを募らせ、本編ではその復讐に囚われていたようにも感じられる。また彼の大局のために少数を見殺しにする(博士の自作自演ギャラクター騒動を博士抹殺を優先し静観しようとする)といったような姿勢は南部博士のそれと近いかもしれない。

映画のクライマックスで銃撃に倒れた南部博士とジョーの二人。それは彼らの「正義」のための行動への因果応報のようでもあるが、しかしこの意味はもう一つ、健にとっての正義を試すものでもあったのだと思う。
大切な仲間を失って正しき正義のあり方を見失ってしまった南部博士とジョーだったが、二人の死亡は健にとっての仲間の喪失でもある。しかし映画のクライマックス、博士の技術をまんまと手に入れたエージェントを襲撃しする健は「私を殺すのか?」の問いにニヒルに笑い、「これが俺のやり方だ」と飛翔し彼らのトランクケースを爆破するに留める。あらゆるものを救い、あくまで正しき力の執行者であろうとする健の変わらない姿が改めてITFの求めるヒーロー像として示されるのだった。

正直な所TV版のファンとして足を運んだので、あそこにあった爽快さや派手さを期待した身からすると劇場版の異なる方向性はすこし残念ではあったが、とはいえより深く「正義」というテーマに切り込んだ本作はまた別種の輝きがあったようにも思う。
それにしてもTV版でも特に目立っていた印象のガッチャマンが今回は完全にメインだったので、このノリで他のヒーローの世界も見せてくれないかなという気持ちもある。TV版であっさり退場して生死不明のダミアン・グレイにもわりと期待していたんだが、出てこなかったしね。彼の物語があるとすればやはりタケシとの因縁だとも思うので、そういう意味でもまたこの続きが見てみたいので、よろしくお願いします。

INFINI-T FORCE

INFINI-T FORCE

『トレインスポッティング(1996:英)』『T2 トレインスポッティング(2017:英)』感想 ドラッグや犯罪に溺れた退廃的青春からの逃避とそこへの回帰

僕はUnderworldとか好きなこともあり、前々から気になっていた2作だったのだがピカデリー爆音映画祭にて続けて上映されていたのを鑑賞してきた。僕みたいなダメ人間の皆様にはオススメしたい映画。

あらすじ

トレインスポッティング

スコットランドエディンバラで暮らす若者のマーク・レントンは、彼の友人であるベグビー、シック・ボーイ、スパッド、トミーらと酒にセックスに暴力、そしてドラッグに溺れる退廃的な生活を送る。日々の不安をドラッグに逃避することでやり過ごすレントンだったが、様々な問題を起こしなんとか中毒症状からの脱却を試みる。しかし周囲の人間関係は再び彼を危険な道に引きずり込むのであった。

T2 トレインスポッティング

現実同様に前作のラストから20年が経過し、エディンバラを離れたマーク・レントンは再び故郷に戻ってくる。かつての”親友”たちと再開を果たしてゆく中で、再び交差してゆく彼らの人生。仕事を失ったマーク、刑務所から脱走するベグビー、サイモンと名乗り恐喝で金を稼ぐシック・ボーイ、未だドラッグ中毒のスパッド……相変わらず悲惨な人生を送る彼らが、底辺からの這い上がりやかつての復讐を求めて彷徨い奮闘する。

感想

ダメ人間達によるダメ人間のための映画ではないだろうか。無論僕はダメ人間なのでぶっ刺さる。自分語りを軽くさせていただくと僕は現在2作品の彼らどちらとも微妙にズレるぐらいの年代なのだが、故にどちらにもある程度の共感を持って見ることができたのはある意味いい時期に見たのかなあという気もしている。今回は爆音映画祭ということらしくて、僕はここが初鑑賞だったので比較はできないのだけれど、映画をドラマチックに彩る名曲群が迫力あふれる音圧で鳴らされており、その効果で作品世界に非常に没入することができ良き体験だった。

1作目のトレインスポッティングでは20代前半の主人公たち。社会の鼻つまみ者である彼らは辛い日常からひたすらドラッグや暴力に溺れ、そして更に最悪な日々へと堕ちてゆく。
どこまでも享楽的にしか生きることができない彼らの哀愁や逃避への渇望は、現代社会でなんとか生きる僕にも大きな共感をもたらす。ドラッグから復帰しようともがくものの「最後の一回」を繰り返し、スコットランドはクソだと叫ぶ主人公のレントン。いや僕は清廉な人間なので流石にドラッグはやらないが、それにしてもこういうダメさにどこまでも共感してしまうのはなぜだろうか。コメディタッチに破天荒な日々を描きながらも、社会の中で取り残される彼らの描写はリアリティを持って僕の心に刺さってくる。いや本当に、社会というものは辛い、本当に。
レントンという人間、友人トミーをドラッグに引きずり込んだことが原因となり亡くし、堕落した生活の中で誰の子供かもわからなかった赤ん坊を死なせてしまい、そうした苦悩から逃げるためにドラッグに溺れるが病院に担ぎ込まれ、万引きや盗みを繰り返し、ヘロイン中毒による幻覚症状に苦しめられる……と堕落の極みのような日々を送るが、物語後半ではなんとかそんな生活から脱却しようと就職をしスーツを着込んで働きだしたりもする。一発奮起し順調な日々に寄ってゆく彼だったが、そんな彼のもとにベグビーやシック・ボーイが転がり込んできて生活をめちゃくちゃに乱してゆく。なんとか登っていった人生において必死に蓄えた位置エネルギーは重力の如し人間関係に引かれ、いともたやすく崩れ去る。人生のままならなさと重力の恐ろしさよ。
しかしそんな彼らにも転機が訪れる。ひょんなことから大量のヘロインを手にした彼らは、そいつをマフィアと取引し売りさばくことで1万6000ポンドという大金を手にする。仲間との目論見の成功にハイになる彼らだったが、喧嘩ジャンキーのベグビーが小さいことから騒動をまたまた引き起こし、夢から現実に引き戻されたかのようなレントンは苦々しい表情。それでもって友人たちを裏切り一人まんまと大金を手にして逃亡するレントン……というところで映画は幕を閉じる。これまでの故郷の人間関係に思い悩まされて来たレントンが、ついにそこからの脱出を遂げる感情がBorn Slippy (Nuxx)ととともに高揚してゆく映画のハイライトにしてクライマックス。結局のところ逃げることを選んだレントンなのだが、その解放感はあまりにも清々しくもあり、また映画冒頭で馬鹿にしていた「一般的人々の理想の幸福」といった事象を楽しそうに夢想するのが「模範的人間」から結局は逸脱できない哀愁もあったりして。でもそんな平凡人間の奮闘というのが心を打つのだよな。
映画としては山場らしい山場はそれほどなく、断続的かつ目まぐるしく変化してゆく状況に振り回されるが悲惨さと面白おかしさを両立する高テンポ作劇に不思議と引き込まれてしまう。後この作品を構成する要素として書かせないのが流血や汚物が満載のダーティーな部分だがココに関しては正直言ってちょっとキツかった。それでも補ってあまりある不思議な魅力のある映画。

続編『T2 トレインスポッティングでは20年の時を経てすっかりオッサンになってしまった彼ら。皆やはりというか案の定と言うか碌でもない生活を送っているわけなのだが、なんだかんだかつてに比べると社会に順応しており、喜ばしいような悲しいようなといった心持ちになる。前作では正直「主人公レントンの周囲を取り巻くクソみたいな奴ら」という印象が強かったキャラたちも、20年ぶりの続編ということで皆愛すべきキャラクターとして迎えられるであろうこともあってか、各々の心情により深く踏み込んだ作品になっているように思った。
前作においてとにかくクソみたいな青春からの脱却をしたがっていたように見えた彼らだったのだが、今作では同窓会といった感じで皆それぞれ当時のことを懐古しているのが哀愁漂う。どんなに汚れた青春だろうと改めて思い返すと輝いていたように見えるのだなあ……というのは当然当時の彼らには到底わからないことなのだが。
本作で味わい深かったのはなんといってもベグビー。警官を騙して逃げおおせ、やっと掴んだ自由(?)で彼が渇望したのはかつて自分たちを騙したレントンへの復讐。いきなり盗みで金を稼ぎ出すクズっぷりには安心感すらあったが、しかし物語後半では息子の成長を父親として認め別れを告げ抱き合ったりもする彼。「年相応な大人としての振る舞い」がけしてできないわけではなさそうなこのシーンがあってなお青春時代の幻影に囚われ当時に対する愛と憎しみを捨てきれないのが、なんとも物悲しい。
シック・ボーイ改めサイモンも良かった。4人の中では切れ者の彼だが悪巧みをするにしろベグビー同様レントンへの復讐をやるにしろどうにも煮えきらず中途半端にばかりなっている。レントン見つけたら殺すバーサーカーと化しているベグビーと比べると、恨みを語っておきながらなんだかんだレントンと協力したり友人ぽく楽しんでしまう彼のなんと微妙なことか。ただそんな複雑に入り組んだような感情を持ってしまう彼はどこまでも人間らしくて愛おしくもある。
スパッドは前作でも「憎めないやつ」というポジションだったが今作でじはより善良人間としての活躍があったように思う。彼の隠された才能である文才は驚いたが、その青春の日々を回想し綴った文は登場人物にも視聴者にも当時の輝きを感傷的に追憶させる。今回何気なく判明した人の筆跡をコピーする特技も、本作における「チャンスの後の裏切り」にて活躍するという流れが美しい。
前作の汚物の描写はかなり抑えられ、またドラッグ要素も薄まり、舞台も2018年現代に近く、登場人物も若い時に比べると流石に落ち着いて、20年前の熱気は薄れたもののこうしたいろんな要素からこちらの方が見易い映画に仕上がっているような気はする。それでいて目まぐるしく進み目が離せない作劇や、ごきげんなサウンド、内容とは裏腹にどこまでもクールで美しい映像美という良さは当然今作でも遺憾無く発揮。
二転三転した彼らの人生は、やっぱり輝かしいものではないのだけれど、ラストでそれぞれの平穏を手に入れた彼らに静かな希望も少し感じつつ、心地よい視聴感が得られる。あとやっぱりラストシーンが最高に良くて、レコードに針が落とされ流されるIggy PopのLust For Lifeの中で無限に広がり加速してゆく実家の部屋、その演出が伸びやかで本当に心地よいのだ。

両作ともクソッタレな日々の中で堕落した青春時代を軸に物語が展開してゆくのだが、そこからの逃避を描いた1作目に対してそこへの回帰を描いたのが2作目、とそのアプローチは真逆となっている。続編のスタイルも色々あるだろうが、このシリーズに関しては前作の内容を受け引き継いだ上でまったく新しいものを紡ぎ出しているのが見事。互いを比較することでより味わいが深まっていくのはよい2作品だなあと思う。
とにかく現実が嫌でしょうがない社会不適合気味の皆様には是非オススメしたい2作。歪みつつも素晴らしき友情の物語と人生の輝きが、面白おかしく我々の心に突き刺さる。


Born Slippy (Nuxx)

Born Slippy (Nuxx)

軽率に人生においてBorn Slippyっていきたい気持ちで今あふれている。Born Slippyをながせばいつでもどこでも人生のクライマックス気分なんだ。

Ost: Trainspotting

Ost: Trainspotting

Ost: Trainspotting 2

Ost: Trainspotting 2

2018/02/19 RIDE JAPAN TOUR 2018 @Tokyo Dome City Hall

久々ぶライブ参加したRIDEの来日公演は2015年に続き2度目。僕がライドを知ったのは解散時期(もっと正確に言うとアンディがオアシスのベースやってたあたり)だったので、こうしてライブに、しかも新譜を引っさげてのものに行けるとは。解散したバンドの再結成というのは賛否がつきまとうものだけれど、しかし素直にありがたくもあるわけなのだ。

f:id:cemetrygates1919:20180220024126j:plain

セットリスト

  1. Lannnoy Point
  2. Charm Assault
  3. Seagull
  4. Weather Diaries
  5. Taste
  6. Pulsar
  7. Catch You Dreaming
  8. Like A Daydream
  9. Dreams Burn Down
  10. Cali
  11. Time of Her Time
  12. Lateral Alice
  13. All I Want
  14. OX4
  15. Vapour Trail
  16. Drive Blind

アンコール

  1. Rocket Silver Symphony
  2. Leave Them All Behind
  3. Polar Bear
  4. Chelsea Girl

感想

f:id:cemetrygates1919:20180220023952j:plainこちらは開演前のステージ。

今回はオープニングアクトとしてTHE NOVEMBERSが登場。恥ずかしながら最近の音楽特に邦ロック疎いマンなので彼らの曲を聞くのは初めてだったのだが、トークなしに粛々と演奏を始めるスタイルからは裏腹に非常に攻撃的なサウンドで会場をいい感じに温めてくれた。ライドの影響も受けたという音楽性らしいのだが、なるほどシューゲイザーグランジを経たようなノイジーな轟音が心地よかった。30分と短い出番ながらも、大変楽しませていただきました。

さて続いてはいよいよRIDEの登場。それにしてもマーク・ガードナー(G,Vo)、若い頃のUK美青年という写真を今見ても全く信じられないほどスキンヘッドで体格もよく貫禄ある出で立ちで、とても青春シューゲイザーを奏でるようには一見見えなくてちょっとおもしろい(失礼) 彼がフロント中央でパフォーマンスをするのだが大変サービス精神旺盛で、投げキッスや日本語の挨拶なんかも織り交ぜで、観客も大喜びで声援を送り和やかな雰囲気に。一方のアンディ・ベル(G,Vo)はサングラスをかけていかにもUKロックな出で立ち、シューゲイザーらしく大人しめににギターを奏で、スティーヴ・ケラルト(B)ローレンス・コルバート(Dr.)の両名は名実ともに職人芸という感じでライドのグルーヴを支えていた。僕はライドのきらびやかなギターも当然だがリズム隊の生み出すグルーヴも大好きなんだよな……と今回改めて実感。

セットリストは予想通りという感じで新アルバム冒頭の2曲から始まった。実に21年ぶりの彼らの新作であるこの『Weather Diaries』、僕ももちろん買ったがなかなかこれがいいアルバムで、ライド黄金期のリバイバルのような王道UKシューゲイザーでありながら円熟味のある落ち着きと遊び心も感じ、ああ2017年のライドもいいなあと素直に思わせてくれる良盤なのだ。
正直言ってノベンバの音量が強烈だったこともあり、思ったよりもおとなしいな? と当初は思ったもののそこは流石熟練のバンド、気がつくとあっという間に彼らの巧みな音の世界に没入させられてしまった。今回は新旧織り交ぜたセトリだったのだが、新曲群もかつての名曲といい感じにマッチしており、復活した彼らのポテンシャルを感じさせた。『Charm Assault』変拍子とギターリフが本当に気持ちいいよねえ。

Dreamタイトルが続いたところは間違いなく今回のハイライトの一つだろう。2018年発表の『Catch You Dreaming』は電子音も使いちょっとダンサブルでシューゲイザーとはまた一風違う浮遊感を味わえる曲で、ライブでもいいアクセントでステキ。
そこから一気に年代を遡り繰り出された初期の名曲『Like A Daydream』は前回来日では演られなかった大人気曲であり、僕も大変好きなので今回聞くことができて嬉しい。幻想的な空気感を持った1st以降とはまた異なる、最も初期衝動に溢れていたような当時の轟音は今も瑞々しく伸びやかに響いていた。まさに気分は夢心地……。
大好きな1st『Nowhere』からの『Dreams Burn Down』もとても良かった。このアルバム、ジャケットの真っ青な波が印象的なせいかアルバム全体を通じて非常に「蒼」というふうに構築された世界観を感じるというか……こちらも極めて幻想的な一曲であり、静と動で揺れ動くギターノイズの中でさながら海の中にいるかのような浮遊感にすっかり陶酔してしまった。

他1stの『Vapour Trail』も名曲なんだ。『Dreams Burn Down』が青い海のようならこちらは突き抜けた青空が思い浮かぶ一曲で、アンディのなんとも言えない透明感あるギターの音色と囁くような歌声を聞くとなんだか泣けてきてしまう。
『Drive Blind』で締めるのは前回2015年のときと同じく。今回もたーーーっぷりストロボと高めに高めた轟音で暴れる間奏パートが設けられ、彼らならではのクライマックスが演出される。

熱狂覚めやらぬままアンコールに続く。『Rocket Silver Symphony』をAパートを歌ってるのってドラムのローレンスだったのねんと今更知るなど。ライブ通して奥でひたすら情熱的にナイスなリズムを刻んでいた彼だが、ボーカルの時はなんだかチャーミングで優しい歌声だ。可愛げのあるメロディもライドには真新しくて良い。
アンコールの締めもこれまた2015年を踏襲した『Chelsea Girl』にて。彼らの最初のEPの一番最初の曲で締めるというのは王道ながら良い。アンコールにもマッチしたお祭り気分のハイテンポなロックンロールで最高に気分良くライブは幕を閉じた。

いやつらつらと曲の感想を書き連ねたが、終始ギターノイズの波に揺られるかのような約2時間、滾るような熱さはないもののひたすら恍惚な時間でめちゃくちゃ楽しかった。やっぱりロックは現実逃避ができて最高だね……。しかし新旧織り交ぜ、とは言ったものの3rd、4thはひたすらに冷遇だよねえ。いや、僕も多分にもれずブリットポップ路線よりもシューゲイザー路線が好きなのでいいのだが。でも『1000 Miles』とか結構聞きたいよ。
これで次回作がブリットポップに再傾倒して次のライブでこっちが中心になったら面白いかもなどと妄想しつつ、それにしても新曲や次のライブに期待ができる状況というのはやっぱり良いものだね……。

f:id:cemetrygates1919:20180220024138j:plain写真はVapour Trail演奏時。


Weather Diaries

Weather Diaries

SMILE

SMILE