日陰の小道

私のロジックは私みたいな話をしたりします

アニメ『BLUE REFLECTION RAY / 澪』における、ロックバンド・The Smiths要素の解説と考察〈4〉(第10話~第12話)

今回で前半クールの内容が終わりです。
進みがスロウすぎて放送終了から結構時間が経ってしまいましたが……。


そういえば恥ずかしながら今まで把握していなかったのですが、「ブルリフRのタイトルはほぼモリッシー詩集(訳:中川 五郎)』からの引用である」との話を先日知りました。この本はプレミア価格で入手困難だったのですが、図書館で借りられたのでありがたく確認したところ、たしかに多くが本著からの引用でした。こちらの収録タイトルからということであれば、サブタイトルの元ネタが「スミス~モリッシーソロ初期」に固まっていることも合点がいきます。


モリッシー詩集』の表紙や中扉にはモリッシーをイメージして*1ということか、花の写真が使われています。花というのはブルリフRにおいても重要な要素の一つで、少女たちの心の結晶であるフラグメントを全て花の形にアレンジしています。アニメ制作において花が先かモリッシーが先かはわかりませんが、面白い一致だなと感じています。


前回までの記事(クリックで開きます)
cemetrygates1919.hatenablog.com
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第10話 墓を掘る美しい娘たち(Pretty Girls Make Graves)

今回は『Pretty Girls Make Graves』です。
1stアルバムのThe Smithsに収録されています。

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モリッシーのファルセットが印象的な楽曲です。曲中では主人公の男性が美しい女性から誘惑されるも、同時に苦悩する様が描かれています。

Upon the sand, upon the bay
"There is a quick and easy way" you say
Before you illustrate
I'd rather state :
"I'm not the man you think I am
I'm not the man you think I am"

(Pretty Girls Make Graves / The Smiths

I lost my faith in Womanhood
I lost my faith in Womanhood
I lost my faith ...
Oh ...

(Pretty Girls Make Graves / The Smiths

”僕”は最終的に「I lost my faith in Womanhood 」と女性らしさそのものへの信頼を失ってしまいます。またアウトロでは「Hand in Glove」と別のアルバム収録楽曲タイトルのワード、及び歌詞も飛び出すのですが、この『Hand In Glove』*2が同性愛を匂わせている曲であることからも、この『Pretty Girls Make Graves』は異性愛を嫌悪するようになってしまった”僕”を表現している歌詞である、と読まれていたりもするそうです。


アニメの話に戻ると、このあたりの異性愛・同性愛という点では直接関わり合いはなさそうですね。しかし一方で「I'm not the man you think I am」のフレーズのように、男性・女性という型に嵌められてしまうこと、すなわち他者によって自分という個の姿が歪められてしまうということに着目してみると、非常にアニメの内容とも繋がりがありそうです。


美弦たちルージュサイドに関してまずは振り返ってみましょう。10話では紫乃と美弦が計画に関して話すシーンがありました。会話の中では、仁菜のフラグメントを抜き取りコモンへの扉を開く予定だった、ということが判明します。仲間であるはずの仁菜や詩ですらも2人の計画の駒であることが明かされています。駒川だけに


詩も仁菜を追い詰めるための存在だったと話す、紫乃と美弦。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第10話より


そんな美弦でしたが、紫乃から陽桜莉の方がフラグメントを抜き取る先として適任と聞かされ、動揺します。紫乃は美弦の想いを尊重しません。目的のためには自らの妹であろうと犠牲にすることを強いています。
その上で紫乃は自らと美弦の関係を「妹と姉」という”役割”に無理やり納めてしまうように、更に美弦に揺さぶりをかけ続け、昏倒させてしまいます。
ここにはバラバラの個を肯定する姿勢は存在しません。ルージュリフレクターが目指しているのは、少女たちの想いを等しく消し去り、それによって実現される均一で平等な世界なのですから。


さて、一方の陽桜莉たちサイドのことを振り返ってみましょう。敵として姿を見せた美弦にどう向き合うのか、そのことに関してそれぞれ思い悩んでいます。自らも被害者である都は「敵として倒すべき」と戦うことを訴えますが、実の姉である陽桜莉や、かつてバディだった百はそれに賛同せず、また瑠夏も「確かめるべき」と主張します。ここでリフレクター3人は都の話す「美弦は敵である」という一面的な捉え方を否定しているわけですね。
さて、このことで失望した都は寮を飛び出してしまいます。陽桜莉たちは”少女たちからフラグメントを抜く加害者”である美弦を庇ったことで、”フラグメントを抜かれた被害者”である都を傷つけてしまう結果に繋がってしまいました。3人は帰ってこない都を探しに奔走し、瑠夏が無事に都を見つけます。ここの会話シーンが非常に良くて、お互いに不器用なんですが歩み寄ろうとしていることがわかるとても暖かいシーンです。会話の中で、瑠夏は「あなたがいるだけで心強い」と都に話します。「仮に何もできなくとも、居てくれるだけで心強い」というのは、最大級の個の尊重なんですよね。居るだけで価値がある、って言ってるんですから。
陽桜莉は最終的に「想いを確かめるために美弦と戦う」ということを選びます。これは百だけではなく、瑠夏や都、それぞれの考えが重なり合って出た結論でもあります。陽桜莉たちは、バラバラの考えを持ちながら、だからこそそれぞれの想いを尊重した、正しき選択をすることを模索しているのです。


皆と話すことで、姉と対峙する決意をした陽桜莉。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第10話より


都は1人リフレクターにはなれませんが、ビーズを集めたリングを皆に贈ります。バラバラのビーズをつなぎ合わせてお揃いのリングをするというのも、バラバラの個でも繋がれるというテーマの表現に他ならないでしょう。
百の分が足りなくて作れなかったというオチもあるのですが、ここで瑠夏がビーズを買いに走るのもいいですね。ですが、瑠夏はこの外出によって紫乃の罠にかかり、囚われの身になってしまいます。ここでリングをもらえなかった百といい、1クール目のクライマックスに”つながる”不穏さもある、そんなエピソードでした。



ところで、10話冒頭では国語の授業でベートーヴェンの『歓喜の歌』の詩が引用されていました。歓喜の歌はフランス革命の直後、シラーの書いた『自由賛歌』を元にした『歓喜に寄せて』に曲をつけたものということです。ブルリフRにおいてもブルーとルージュの戦いは、自由と不自由の戦いと言えるかもしれません。

第11話 わたしに有罪宣告を(I've Changed My Plea To Guilty)

モリッシーソロ楽曲の『I've Changed My Plea To Guilty』です。
モリッシー1stアルバムの『Viva Hate』、1997年のEMIリイシュー盤ボーナス・トラックとして収録されています。


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ピアノの伴奏に乗せて静かに歌う、美しい曲ですね。
タイトルだけ見ると非常に自罰的な印象ですが、それよりもここには外部から逃避したいという気持ちを強く感じさせます。

I've changed my plea
I've changed my plea to guilty
Because freedom is wasted on me
See how your rules spoil the game


Outside there is a pain
Emotional air raids exhausted my heart
And it's safer to be inside

(I've Changed My Plea To Guilty / The Smiths

本来有罪ではないにも関わらず、宣告を有罪に変える、その理由というのはこの主人公にとって自由は無駄であり(freedom is wasted on me)、感情は恐ろしい(Emotional air raids exhausted my heart)であるから、(檻の?)安全な中(And it's safer to be inside)で過ごしたいということです。


さて前話や今までのアニメの話を考えると、ブルリフRの争点というのは想いを尊重するか否か、というところにあります。ここでの”想い”というのは”自由”と言い換えることもできそうです。他人から強制されず、自分らしく生きるということを求めているのですから。
今回の曲もかなりルージュ側、特に美弦に絡んでいる印象があります。有罪宣告、というのも彼女が自らの罪に苦しんでいることと合致しています。彼女たちの考えでは想い≒自由は邪魔なものであり、少女たちを苦しめるだけのものです。想いをなくすことが死にも等しいと作中で描かれているにも関わらず、彼女たちがそれを辞めようとしないのは、その方が苦しい現実よりはましである、と考えているからです。


”想い”を守ることを否定しようとする仁菜。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第11話より


もう一度曲に戻ります。歌詞の中で主人公が”有罪”である理由として、孤独であることが挙げられています。

Something I have learned
If there is one thing in life I've observed
It's that everybody's got somebody
Ooh no, not me
So I've changed my plea to guilty

(I've Changed My Plea To Guilty / The Smiths

誰もが片割れの誰かを得ている(It's that everybody's got somebody)にも関わらず、自分にはそれがない(Ooh no, not me)故に自分には価値がない、そんなところでしょうか。
ここもやはりこの地点での物語の中心に居るからでしょうか、美弦のことを連想させます。妹の陽桜莉と2人で暮らしていた美弦ですが、彼女は負の感情を暴走させる陽桜莉を救うことができませんでした。このことで大きな無力感を抱いた美弦は、様々な事情もあって結果的に苦しむ少女の想いを抜き取る側へと傾倒していきます。


百が「抱え込みすぎる」と評している通り、美弦はとても慈愛に満ち、責任感が強く、そしてだからこそ誰かを救えなかったことに自罰的になってしまう人です。彼女は、自身が想いを守るリフレクターだった時代の失敗を深く悔やみ、結果的に強引な形でそれを正そうとしてしまっています。彼女が自身の想いを押し殺し、多くのものを犠牲にしても、です。
こうした理由には先程の無力感が絡んでくると思うのですが、彼女は本当に価値がない、ようは誰かにとっての救いになれるような、誰かの片割れにはなれない人だったのでしょうか。妹の陽桜莉に対しても、陽桜莉自身はそうは思っていないということは明白ですが、美弦は自身を無価値と思い込んでしまっています。
さて、ここで大きく絡んでくるのが美弦にとってのもうひとりの大切な相棒、百です。陽桜莉との関係に思い悩むあまり、彼女が目を向けてこなかったもう一つの大切な繋がり。今回百のフラグメントが砕けちってしまった時に、あまりにも悲劇的な形で美弦はそのことを思い出します。美弦自身の手によってその大切な相棒に手をかけてしまった時、美弦にとっての彼女自身の判決は本当に”有罪”になってしまったのかもしれません……。

百の砕けたフラグメントを前に、呆然とする美弦。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第11話より

という感じでショッキングなタイトルらしく、どんどん状況が悪くなっていくエピソードでした。次回がいよいよ1クール目のラストとなり、リフレクターたちの戦いにも一旦の終止符が打たれます。

第12話 最深

今回は1クール目ラストということでエンディング曲『最深』のセルフ引用でしょうか。
直接サブタイトルで関連付けられそうなスミス・モリッシーの楽曲は見つかりませんでした。

utaten.com

ちなみに、『最深』というタイトルとスミスの『Alseep』の一節「Deep in the cell of my heart I will feel so glad to go」が関係しているのでは、という指摘を見かけて面白いなと思いました。モリッシー詩集に「最深」っぽいワードはないかな……と少し期待しましたが「Deep in the cell of my heart」は「心底」との翻訳でした。


今回サブタイトルとなったエンディングテーマの『最深』ですが、こちらもまた美弦のことを歌った歌詞っぽく感じます。ブルリフRの「RAY」「澪」と書きますが、訓読みだと「みお」となり「美弦」と同じ読みを持ちます。こうした構造からも、この時点では一見敵サイドである美弦こそブルリフRの物語の中心であるといっても過言ではないように思えます。
ここまでのサブタイトルや楽曲の指し示すところを考えると、どうしても美弦の話に帰結していたような気がします。それもまた、彼女自身が常に作品の核の存在だったからかもしれません。


さて、このエピソードでも、美弦を巡って陽桜莉と仁菜が激突しています。ここで詩は「美弦を救うためには繋がりを断てばいい」と誘惑します。
ここで『最深』の歌詞のことを考えてみます。ここでは”わたし”が苦しい罪の想いに苦しみながらも、それがまた”あなた”を照らす道標になる、と歌っています。この歌が美弦の歌であるならば、ここでは繋がりを断つのではなく、やはり美弦との繋がりを信じ続けることが楽曲の示しているテーマなのでしょう。そして繋がりを信じるということは、もちろんこのアニメのテーマでもあります。だからこそ、全てを捨てようとした仁菜は戦う気力を無くしてしまいますが、繋がりを認めて再起します。



たとえ美弦の真意がどうであろうと、繋がりを守るために陽桜莉たちを守った仁菜。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第12話より


最終回ということもあってか、ブルー(陽桜莉)とルージュ(紫乃)の押し問答が続きます。想いは不確かなもので、過ちを引き起こす原因となる紫乃と、人々の想いを守ろうとする陽桜莉。最終的に目覚めた美弦が紫乃とともに消えることで、この”想い”をめぐる戦いは一旦幕を閉じます。
陽桜莉との家族の愛よりも、紫乃と共に罪を抱えることを選んだ美弦。紫乃から「大切が多すぎる」と評された美弦なりの、紫乃への愛のかたちなのかもしれません。


美弦は紫乃に寄り添い、紫乃は喜びの表情を見せる。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第12話より

このエピソードは教会の外での都と陽桜莉たちの姿を描きつつ、エンディングテーマ『最深』が流れ出して幕引きです。

(美弦)
想いは不思議だ
丸くなったりとがったり
心のとこにずっとあるのに
触れることはできない
きっと想いは私より私だと
そんな気がしているのに
言葉にするのは難しく
それでも 私が私でいられたのは
陽桜莉がいてくれたから
想いを…私を大切にしてくれたから
ねえ 陽桜莉
だから私はね……


『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第12話より


最後に美弦が言いかけた言葉。「だから私はね……」に続く言葉こそ「そう私は 私が嫌い」なのではないでしょうか。結局美弦は罪の意識と共に陽桜莉の前から姿を消してしまいますが、しかし同時に美弦が陽桜莉に残した光もまた、ここにあります。

でもね 自分嫌いの私にしか
伝えられない言葉がある
吹けば飛ぶ様な儚い火 でもただただ
それは道ゆく誰かの足を照らし
未来担う灯火となるの
忘れないで 確かな道標を

(最深 / ACCAMER)


そしてこの美弦の行動による周り道が、奇しくもこの時点では決して交わることのなかった、陽桜莉と紫乃を結ぶためのかすかな繋がりへとなっていきます。



『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第12話EDより



ということで前半記事終了です。
ブルーリフレクション澪のブルー澪が発売されるまでには完成できたらいいな……とか思っています。
BD、リテイク版も世に出たしそろそろお願いできないですかね~?

次の記事
cemetrygates1919.hatenablog.com



*1:モリッシーはステージでグラジオラスの花を振り回すパフォーマンスが有名です。

*2:ちなみにこの楽曲も、BLUE REFLECTION RAY / 澪 第15話『仲良くつるんで』の元ネタです。