日陰の小道

私のロジックは私みたいな話をしたりします

「舞台の地面を掘ったら古代遺跡が出土しそうな作品」5選

皆さんは『フリージ』という作品をご存知だろうか? 2019年、令和へと移り変わる節目に置いて日本でも放送されたUAE発のアニメーション作品である。日本での知名度はそれほどでもないが本国UAEでは大ヒットを記録し、大変親しまれていたアニメ作品なのだ。
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アラビアン・ビジネス・マガジンにて“最も影響力あるアラブ諸国の人々”の一人に選ばれているモハメド・サイード・ハリブが、 2005年に制作をスタートしたUAE初の3DCGアニメーションによるテレビ作品『フリージ』。
急成長を遂げるドバイをエミラーティ(UAE生まれ、育ちの生粋のUAE市民の意)である高齢女性たちの視点から戸惑いやギャップを描く風刺的なアニメで、 ドバイのテレビ局ドバイ・ワンで視聴者投票によって2006年、2007年、2008年と続けて“ナンバー1番組”として選ばれるなど、幅広い年齢層から支持される国民的大人気番組です。

本国UAEでは現在までに全5シーズン、計70話が放送されており、その話題作が2019年よりTOKYO MXで国内初放送が決定いたしました。 放送ではアニメ本編に加え、番組冒頭にその回のお話のテーマや見どころを実写で紹介する日本オリジナルのオープニングを追加。 さらにエンディングでも放送されたエピソードにまつわるUAEの特徴や、日本との違い等を実写映像で紹介していきます。(公式サイトイントロダクションより)

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急激な発展により世界でも有数の都市と化したドバイ。しかしその裏で、そうした発展はその場所で生まれ育っていった人にとってはある種の寂しさを伴うものだったのかもしれない。本作の主人公である4人の女性たちは「古き良き習慣と伝統を重んじて生きるおばあちゃんたち(番組イントロダクションより)」であるという。教育問題にごみ問題、高齢化社会少子化に……とありとあらゆる社会問題を、切れ味の良い中東流のブラックユーモア満載で繰り出してくる面白おかしい作品なのだが、その根底にあるのは失われつつある世代への深い愛情であるように思える。
ハメド監督曰く、主人公グループの中心角であるウム・サイードのモデルは監督の祖母であるという。グループの中でも人一倍伝統を重んじ、昔の詩や諺を持ち出しては周囲に訓示を垂れずにはいられない、頑固で口うるさいウム・サイード。彼女が生き生きと日々を過ごす様からは、監督の祖母への強い想いが感じられる。完全に余談だが私の祖母も心配性な人で、「風邪に気をつけろ」だとか「ちゃんと栄養を摂っているか」などと顔を合わせる度に言われてしまう。どこの国でも孫とおばあちゃんの関係には共通するものがあるのかもしれないな、などと思ってしまう。

フリージ ~ドバイの街の地下に眠っていた古代遺跡~

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さて、そろそろ本題である古代遺跡の話に移ろう。フリージに置いて古代遺跡が登場するエピソード、それは本作の最終回なのだ。このお話では、今まで作品の中心としておばあちゃんたちの憩いのたまり場となっていたウム・サイードの家が、周辺の開発により立ち退きを要求されてしまうこととなる。伝統を重んじるサイードは、どんなにいい条件の転居を勧められても首を縦に振ろうとしない。しかし周囲の家々が失われていく中で次第に憔悴する彼女は、いよいよ再開発業者の圧力に屈し、お金を受け取ってしまう。たちまち自らの家が大きな重機によって打ち壊されているのを涙を浮かべながら見つめるサイード。と、そこで急に破壊の手が止まる。彼女の家の地下から、なんと古代遺跡が出土したのである。古代遺跡は国のもの、ここには高層ビルを立てることはできないと、業者はたちまち姿をくらます。そうして古代遺跡に守られたサイードの家を中心に、ドバイの下町が再生してゆくのであった。


さて、ここで急に登場した古代遺跡はご都合主義なのであろうか? そうかもしれない、しかし物語において現実的にあり得るか否かばかりを求めてもそれはナンセンスだろう。であればこのラストシーンが指し示すものは何か。全てわたしの個人的な受け取り方にはなってしまうのだが、それは、「どんな困難が待ち受けようと、信じることで世界が答えてくれる」という祈りにも似たメッセージではないだろうか。もっと言うならば「世界には元々全て価値があり、それを見出すことこそがもっとも大切」という強い思想である。おそらく現実のドバイでも失われていった光景があったはずである。利便性を追い求める再開発が悪いとは言い切れない。しかし、それでなくなってしまったものを、モハメド監督たちは愛していたのであろう。だからこそ恐らく、創作の世界で、監督はドバイの下町を再生させたのである。

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こうしておばあちゃんたちの居場所を守ってくれた古代遺跡。この古代遺跡はドバイだけにしかないのだろうか? いや、そうではない、きっと祈りに答えてくれる場所が、全てに価値を見いだせる世界が、まだ他にもあるはずである。それこそが創作の描く理想であってほしいと私は願う。ということで、その他にも掘ったら古代遺跡が出土するのではないか、という作品舞台を、その古代遺跡性のなんたるかとともに探検していこう。


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スポット1 北海道帯広市周辺:「受容」のロジック(ひなろじ~from Luck and Logic~)

ビル街も良い、昔の町並みも良い。しかしどちらかが破壊とともにもうどちらかを侵略するとしたら、それによって損なわれてしまうものがある。今に残るかつての営みの跡が今一度現れる時、遺跡は私たちにそうした足元をみつめることを教えてくれる。そしてそれは場所だけではない、人々の間においても同じく捨ててはならないことであり、わたしたちはわたしたちを認めあっていかなくてはならない――古代遺跡性その1は「受容」としよう。
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学園と同じ「ピラ・リ」という名前の北海道のモニュメント。
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ひなろじというアニメ作品には「受容」の心がある。このアニメは「定理者」という特殊な力を持つ子どもたちを養成する「ピラリ学園」での少女たちの日々の交流を細やかに描いている作品だ。本作を見ていると気がつくことなのだが、非常に人の行動に対して否定の言葉が少ないと感じる。それぞれの行動はそれぞれの人にとって理由があるものであり、それは他者の価値観によって否定されてはならない――そんな優しげな姿勢が、一つ一つのシーンで垣間見える。季節外れの花をプレゼントにしようとしていたならば、たとえその花を探し出すのが到底無理であったとしても、そこにはその花でなくてはならない理由があるのだ。
他者への尊重と同時に、このアニメが描いているのは少女たちのアイデンティティの確立である。人をありのまま受け入れようとする姿勢は、自分の姿をまた浮き彫りにし、世界に対する役割を与えてくれる。この作品の主人公リオネス・エリストラートヴァ(以下リオン)は、天真爛漫な反面、周囲のことを気にしすぎるあまりに遠慮してしまうところがあるキャラクターであった。そんな彼女が周囲の友人たちとともに、のびのびと成長していく様子にはなんとも心が暖かくなる。この作品には彼女以外にも夢を抱えつつもそれをまっすぐに貫くことのできない少女たちが登場する。そんな「ひな鳥」たちが健やかに成長できるように、という願いが作品に込められているようにも感じられる。


もう一つ、『ひなろじ』は戦後を描いたアニメでもある。このアニメは『ラクエンロジック』というバトル・アクション作品のスピンオフ続編にあたる作品であり、その戦いが終わり平和が訪れた世界を舞台としている。前作において「定理者」は争いの中で生きる存在であり、異世界からの脅威に立ち向かうために徴兵されねばならない存在であった。『ひなろじ』のメインキャラクターであるニーナ・アレキサンドロヴナ(以下ニーナ)もそんな定理者の一人であった。平和になった世界において、優秀な定理者でもあったニーナは自分の役割を探し求め、軍への復帰を希望している。世界に対する役割があるのならば、それを全うさせるのが世界にとっての利益なのだろうか? そうではない、力だけを求めることは本質を見失ってしまう、とこのアニメは説いている。本作ではリオンとともに、ニーナが一人の少女として健やかに成長していくさまを穏やかに見守っている。軍人としてではなく、一人の少女としての彼女にもまた、いや少女としての彼女にこそ、彼女にしかできない役割があるのだ。それこそが小さなグループで培われる、少女たちの安らかな時間によって肯定されてゆく。こうした作品の根底にある子どもたちへの自由への願いは、戦後アニメという立ち位置もあってのものと言えるだろう。

主人公グループの先輩キャラクターとして、一足先に学園を卒業していく森ヶ谷夕子という人物がいる。彼女とその友人である東瑞希との会話に、この作品の持つ役割に対する緩やかな姿勢が垣間見える。

夕子瑞希はすごいわ。


瑞希:え?そうかい?


夕子:だって、もうしっかり自分の将来を見据えているし、その展望もちゃんとしている。それに引き換え私は、まだ自分の夢すら見つけられていない。はぁ、私のやるべきことってなんなのかしら。


瑞希:やるべきこと?やりたいことだろ。


夕子:え?


瑞希:自分の将来を、やるべきだとか、義務だとか、そんな風に考えたらつまらない!これしたい、これやりたいと思えるものが一番だと思うぞ!好きという原動力は、何にも勝るパワーだからな。


ひなろじ~from Luck & Logic~ 第7話より)

その人物にとっての役割は、自然体の感情によって決定されるべきものである。ニーナは軍人への復帰の意思だけではなく、かつては宇宙飛行士になりたいという想いがあったという。故に、我々は人々の個性を、思想を、全てをあるべきものとして「受容」していかねばならない。そんなこの作品の舞台であるピラリ学園の地下には、きっと古代の遺跡が眠っているはずである。
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1話より、ピラリ学園を目の当たりにするリオン。

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スポット2 東京都八王子市高尾山:「過去」がもたらすもの(Re:ステージ!ドリームデイズ♪)

伝統を重んじるウム・サイードの家の地下にひっそりと眠っていた古代遺跡。亡き夫との思い出の家を守ることができた彼女は、「いつも見守っていてくださった」と遺跡に深い深い愛情と敬意を表する。そう、過去はいつでも我々の中にあり、我々の道標となり、我々を守ってくれる――古代遺跡性その2は「過去」としよう。
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作中でも多くのシーンで登場した高尾山。秋の風景はED映像などで使用された。


Re:ステージ!ドリームデイズ♪(以下リステDD)は「過去」を重んじていたアニメ作品である。一度は破れてしまったアイドルの夢をもう一度追いかける、そんな「再起」の作品である本作の主人公の中学生アイドルグループ『KiRaRe』のメンバーには、皆それぞれアイドルを目指すという華々しい夢へと進む中で壁にぶつかった「苦い過去」がある。では彼女たちにとって過去は忌むべきものでしかないのだろうか? しかしKiRaReというグループはそうした出来事があったからこそ、繋がることができたグループでもある。周囲からのプレッシャーで夢を諦めようと思った過去。自らに限界を感じ道を歩むのを諦めてしまった過去。同志に出会うことができずに孤独なまま燻っていた過去。そうした過去の傷跡で繋がった絆は、共感があるからこそ互いに支えることができる。KiRaReというグループが結成されていくまで、そうした苦しさを経験してきたからこそ、それが鍵となって出会いが生まれていく様が描かれていた。KiRaReの中で3年生コンビである長谷川実と市杵島瑞葉との初期のワンシーンでも、そうしたことが見えてくる。

瑞葉:なあ、実ちゃん、うちもこの春まで一人やったんや。おんなじなんよ。いろんな子に声をかけたけど、誰も一緒にアイドルを目指してくれへんかった。そやから、ようわかるんよ、実ちゃんの寂しかった気持ち。


:な、なによ急に……。


瑞葉:ほんま、もっと早う実ちゃんの気持ち知って、こんな風に頑張りたかったな。


:だ、だからそれは……!


瑞葉:うちらと、部活やらへん?


(Re:ステージ!ドリームデイズ♪ 第4話より)


リステDDという作品にとって、「過去」は捨てるべきものではなく、今に至るまでの礎である。KiRaReメンバー6人の捨てた夢同士が絡まり合い、個々の夢はまた新たな6人の夢となる。朽ちた木々が地中の養分となり、また新たな森を生み出すかのように、巡り巡って「破壊」は「再生」をもたらすのだ。
そしてそうした夢というのは、決して彼女たちのものだけではなく、関わり合う全ての人々にも繋がってくる夢でもある。ライブ会場には他のチームや、それを見つめる観客たちがおり、そうした大勢の夢が結実したものこそがステージであるとこの作品は語る。私たちもまた、世界の一員なのだ。一瞬であるステージの煌めきは、全て様々な夢によって――そしてそれこそが全て「過去」によって生み出されているものでもある。「回り道も必要だよね」とこのアニメの主題歌のワンフレーズに存在するが、すなわち各々が過去で培ってきた経験の必要性を説いているわけなのである。
この作品においてアイドルへの道のりのメタファーとして各演出に活用もされている舞台、高尾山。この山は古くから山岳信仰の対象として栄え、修験道の場所として崇められてきた。こここそが既に本作にとっての古代遺跡的な場所であるとも言えるだろう。
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10話より、高尾山の天狗とダンスレッスンをするKiRaRe(イメージ映像)

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スポット3 山梨県甲斐市双葉SA:「血縁」の強固さ(ガールズ ラジオ デイズ たまささsisitersのごきげんラジオ)

ウム・サイードの愛し崇めた伝統とはどうやって生み出されるものなのだろうか。それはそこに暮らす人々が営みの中で積み上げ作り上げていったものである。人々が価値を感じ、伝承し、受け継いできた文化。それが生まれる人の共同体が民族であり、国家であり、町であり……そしてそれの最小単位こそが「家族」である。遺伝子が受け継がれてゆく家族という血の繋がった集まりは、時に何よりも力強く私たちの姿を浮き彫りにしてくれるものでもある――古代遺跡性その3は「血縁」としよう。
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キャラクターカードの配布などのコラボ企画も行われた双葉サービスエリア。

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前2つはアニメを紹介してきたが、3つ目は少々変わり種かもしれない。『ガールズ ラジオ デイズ』(以下ガルラジ)とはインターネットで配信していたラジオコンテンツであり、NEXCO中日本ドワンゴのタッグの元で各地方のサービスエリアからその地域に住むキャラクターがラジオを放送する、という設定の作品であった。山梨県の双葉サービスエリアを拠点としているチーム双葉は『たまささsisitersのごきげんラジオ』という番組名の通り、3人姉妹がパーソナリティとなって放送されたラジオであった。各ラジオがそれぞれのチームの特色を打ち出していく中で、このチームの個性というのは『家族』であった。
正反対の価値観で喧嘩ばかりの玉笹彩美・玉笹彩乃の双子と、年の離れた末妹のしっかり者の玉笹花菜。ちぐはぐな彼女たちのラジオは奇妙な役割分担によって奇跡的とでも言うべきバランスで成り立っているが、その根底にある結びつきが何よりも「家族」に対する信頼である。双子の姉が衝突して、ラジオという公共の電波に乗せる体の番組でありながらもプライベートな部分に躊躇なく踏み込み暴露していくのは、彼女たちの関係がラジオ内外において常に血の繋がりによって成り立っているからである。ちなみに前日譚的立ち位置のノベルを読むと出てくる設定なのだが、このラジオ自体に「家族の普段の会話を乗せればきっと面白いものができる」という花菜の考えが現れている。どこまで行っても「家族」という関係が地続きなラジオだったわけである。


さて、このガルラジというコンテンツはラジオ放送を通じ、少女たちのちょっとした成長だったり変化だったりといったものを示す作品でもあった。2019年に放送されていた本作は実際のわたしたちの2019年の時間と同期しており、一年でファーストシーズンとセカンドシーズンを放送したのだが、その放送の開きには実際の三ヶ月の時間が反映されていた。その期間において、アグレッシブな彩美と、様々なことに関心を持つ天才少女の花菜の人生が日々動いていく中で、彩乃はなんとなく焦燥感のようなものを感じてしまっていた。セカンドシーズンではその問題がチーム双葉の一つのハイライトでもあるのだが、その彩乃の不安を解決していくのもまた、家族としての日々の生活の中で培われていった、ほんの小さなことによってであった。

彩乃:花菜は本当に凄いなあ。あたしなんかまだ何も見つけてないのに。


花菜:ありがとう……。のーちゃんには、素敵なところがたくさんある。だからきっと、すぐに見つかると思う!


彩乃:そうかなぁ……例えば?


花菜:優しい!気遣いが凄い!家事の手際のよさが完璧!真面目!あと……優しい。


彩乃:花菜!今優しいって2回言ったよ!


花菜:あっ、ごめん……。でも、本当にそう思う


彩乃:嬉しいからいいけどさ。


彩美:後はーあれだなー、彩乃の、「唯一」良いところといえばー、ご飯が美味しい。


彩乃:「唯一」ってなんだよ!


花菜:うん、たしかに、のーちゃんのご飯は世界一美味しい!間違えない!


(たまささsisitersのごきげんラジオ セカンドシーズン 第5回より)

「血」によって生み出される「役割」というのは、時に何よりも強固なものとして我々を導いてくれる。そして本当に大切な答えというのは、日々のほんの些細な出来事に隠れていたりするものなのである。自らの空虚さに漠然とした不安を抱えていた彩乃だったが、身近な家族から自分の輪郭を教えてもらった彼女はもう迷わない。
当時は無意味であったものが時間の積み重ねによって「意味」を持ち始めるのが古代遺跡であるが、このエピソードにもまた、そうした日常の大切さが刻まれているようである。ちなみに、ガルラジにて聖地と化したサービスエリアに私も何度か目的地としてわざわざ足を運んだのだが、それまで私が単なる休憩所としての認識しかなかったサービスエリアには、豊富なお土産やグルメ、また人々の疲れを癒やすようなちょっとした施設などがたくさんあって、実はこんなにも楽しめる場所だったのかと驚いてしまった。これもまた、見つけなければ見えない場所の価値ということで、古代遺跡的と言えるだろう。仮に我々の文明がどこかで崩壊したとして、更に未来に栄えた種族は古代遺跡となったサービスエリアを訪れて、我々の生活に思いを馳せるかもしれない。なぜならば我々のなんてことのない日常もまた、違う角度から見れば貴重な歴史であるからだ。

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スポット4 パーレル村:「自然」への信仰(バミューダトライアングル~カラフル・パストラーレ~)

古来、人間は自然と共生してきた。利便性のみを追い求めた急速な開発によってかつての文化が忘れさられようとした時、古代の遺跡は今一度現れて我々に警鐘を鳴らす。かつての文明が教えてくれるのは、そうした自然と一体になった生活スタイルの素晴らしさである――古代遺跡性その4は「自然」としよう。



f:id:cemetrygates1919:20200409024846p:plain1話より、パーレルの遠景。パーレルは地球によく似ているとされる、惑星クランに存在する。


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バミューダトライアングル〜カラフル・パストラーレ〜(以下カラパレ)の舞台であるパーレル村は、「自然」とともにある海の底の小さな集落である。ここで登場する人魚たちは海底で築かれた高度に発展した文明を描きつつも、ここパーレルには都会「アトランティス」とは対照的な営みが存在している。窓にはカーテンがなく太陽の浮き沈みと同じリズムで生活をし、明かりが欲しければ天然の光るクラゲを部屋に入れる。暦があるのかは定かでなく、新月の日には仕事や学校が休みとなる。私たち陸上で暮らす人間とは文化も生活様式も大きく異なるマーメイドたちの村での暮らしは、まだまだ判明しない部分も大きいが、しかし断片を拾うだけでも非常に自然とともに生きるスタイルを感じることができる。賑やかで忙しない都会から逃げるようにこの辺境の村に移り住むこととなった少女カノンは、ここでソナタ、フィナ、セレナ、キャロという友人たちと巡り合う。この作品はそんな村ののんびりとした生活スタイルの中で生きる、マーメイドの少女たちの物語なのである。


一方で自然は、時に危険な存在ともなる。陸上の田舎でもちょっと外れるとすぐに野生動物が生息するような深い森林に迷い込んでしまうように、ここパーレルも道を外れると強い海流に巻き込まれそうになってしまうこともある。他にも「陸上がり」のエピソードにて船を難破させる危険な存在として登場した「濃霧」だったり、村を真っ暗に覆ってしまう「いわしストーム」だったりと、意思なくただ発生する自然現象の多くは決して人々の生活を助けてくれるわけではない。しかし、それすらも何かをもたらすこともある。主人公の一人であるソナタは、そうしたことを自然と理解しているマーメイドなのだ。1話において、大海流という自然現象(恐らく私たち陸の存在にとっての台風のようなものだろう)がパーレルにやってくる。初めての経験に驚くカノンに、ソナタが大海流のことを話すシーンがある。

カノン:大海流……?


フェルマ:珍しいけど、ないことじゃないわ。


ポコ:アアウン……


カノン:眩しいです……!


ソナタ:細かい砂粒とか埃とか、全部持ってってくれるからね。だからあたし、大海流はちょっと怖いけど、嫌いじゃない!


バミューダトライアングル~カラフル・パストラーレ~ 1話より)

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1話より、空を見上げる5人。

恐ろしい大海流が去った後には、以前よりも澄んだ空が広がる。そしてこのように変化をもたらすのは何も自然現象に限ったことではない。人の行動もまた、以前とは違ったものを運んでくる。大海流がやってくるこの1話でお話の中心となるのは、パーレルをはじめて訪れたカノンのこと。今まで同年代の友人は4人だけだったと話すソナタたちにとっても、この出会いは大きな意味を持ち、彼女たち全員の未来に大きく関わってくる。カラパレはこのように「人工」と対である「自然」だけでなく、人々の行動によってもまた世界が変化していくことを描いている。世界というのは全ての動きが絡まり合って回っていくのである。


さて、1話でもう一つ大きな出来事が、大海流によって村の木々が倒れたことでかつて使われていた古い劇場が現れたことだ。これによって、5人は劇場復興への活動を始めることとなる。偶然の破壊によって失われたかつての場所が再び出現するのは、極めてドバイの古代遺跡の流れと彷彿とさせる展開である。世界というのが様々な事象の関わりによって成り立っているならば、壊れてしまうことにすら「意味」がある。恐ろしい大海流は少女たちにとって新たな場所をもたらし、割れてしまった真珠のかけらは海を照らし、少女たちの成長がまた新たな未来を作り出す――カラパレという作品は、そうした世界のあらゆる営みを優しく包み込んでくれるようなアニメであったと感じている。全ては広大な海のように、なめらかに世界が存在しているのだ。


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スポット5 MIDI CITY アンダーノースザワ:「運命」に導かれて(SHOW BY ROCK!!ましゅまいれっしゅ!!)

ウム・サイードは住処の危機を想定して古代遺跡の上を選んだのか? そうではない、彼女の家の下に古代遺跡が眠っていたのは全くの偶然である。にもかかわらず最良のタイミングでそんな奇跡のようなことがあったとしたならば……それはもはや「運命」と呼んで差し支えないだろう。古代遺跡性最後の5つめを「運命」とする。
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1話より、都会の街、アンダーノースザワ。元ネタは下北沢だろうか。


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SHOW BY ROCK!! ましゅまいれっしゅ!!(以下ましゅましゅ)はその名の通り『Mashumairesh!!』というバンドが結成するまでの、もっと言うと本当のチームになるまでの物語である。田舎から「ブチかます」ために都会であるMIDI CITYのアンダーノースザワを訪れたほわん。そんな彼女が出会うのがMashumairesh!!のメンバーとなるマシマヒメコ、デルミン、ルフユなのだが、このバンドはどうして結成されたのだろうか。各人の実力があったから? 音楽性が合致したから? 趣味が近かったから? どれも不正解ではないだろうが本質ではない。Mashumairesh!!というバンドにとってもっとも重大だったこと――それは、あの日あのストリートライブでほわんと3人が出会ったこと、である。


4人が出会ったことは全くの偶然であった。オーディションを受けるために訪れたはずが、参加用紙をなくして途方に暮れるほわん。そんな彼女がたまたま、ほか3人のストリートライブの場面に出くわして、そしてほわんも参加して歌うことになる。そうして知り合った4人が、気がつけば思い出を共有するようになって、一つのバンドになってゆく。ぎくしゃくしていた3人バンドは、ほわんという新たなメンバーが加入したことでなんとなく――パズルのピースがはまってようやく絵が完成するかのように――笑ったり衝突しあったりしながらうまくまとまってゆくのだ。
この作品は、この出会いのことを「奇跡」と呼ぶ。それは他には「縁」という言葉でも表せるし、「巡り合わせ」とも言えるし、それこそ「偶然」でしかないとも言えるのだけれど、しかしこの出会いこそが、各々の幸福のための出来事だとするならば、それを私は幸福な「運命」であると呼びたい。
このバンドに関しての想いを言葉にしようとするほわんが、言葉に詰まるシーンがある。わたしはその瞬間がたまらなく、この作品の本質であるなと感じるのだ。

マシマヒメコ:もう、アタシばっかりズルい!ほわんも何か言って。


ルフユ:ほわん!


デルミン:ほわんさん。


ほわん:ほわ! えっと、うちは……うちは……


マシマヒメコ:……ほわん? ほわん!


ほわん:ほわ? ……えへへ……胸が、いっぱいで、うまく言えない。だから、歌で伝える!聞いてね、うち、頑張る!


SHOW BY ROCK!! ましゅまいれっしゅ!! 12話より)

数々の素晴らしき思い出のシーンを思い浮かべながら、しかし何故か言葉が出てこないほわん。なぜならばこのバンドの関係には理由もなく、理屈もなく、ただただなんとなく「はまった」だけの関係。だが故に、だからこそ、何よりも純粋な繋がりでもある。
この作品の一番最初に「これは、とてもありふれた私たちだけの物語」という言葉が流れる。「ありふれた」というのは「奇跡」と一見相反するもののように思えるが、しかし「私たちだけの」というスケールで考えると頷ける。ほわんたちの出会いはほわんたちにとってだけは何よりも特別で、幸福で、かけがえのないものなのだ。この作品内では彼女たち以外にも「DOKONJOFINGER」や「REIJINGSIGNAL」といった良きグループが登場する。彼ら・彼女らにとってもまたその出会いは奇跡のようなものなのである。だからこそ、誰にでも、私たちにも「奇跡」のような出会いがあるし、幸福な「運命」があるはずなのである。
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1話より、演奏を終え微笑むほわん。

あるがまま、あるべき姿を受け入れることで世界は幸福になる。きっとマシマヒメコのアパートが再開発で立ち退きを要求されたとしても、土壇場で古代遺跡が出土して居場所を守ってくれるに違いない。なぜならばMashumairesh!!は運命のバンドなのだから。


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受容・過去・血縁・自然・運命

さて、ここまで多角的に古代遺跡に関して考えてきた。「そもそも言うほど多角的だったか? 」というのは置いといてほしいのだが、ここでひとまず5つ挙げた要素はこれらの作品にも少なからず当てはまる部分がある。ひなろじでは主人公のリオンが植物の「自然」の力を操る。リステDDのKiRaReの出会いも「運命」的だと言える。チーム双葉がコミックで各チームを尋ねる役割だったのは、個性を受け入れる「受容」の心があったからだ。カラパレにおいては「過去」からの劇場や曲が大きな役割を果たす。ましゅましゅの主人公のほわんの祖母もがかつて都会で踊っていたという「血縁」で受け継がれるものがある。
こうして引っ張り出して来たその要素は、私の脳内から全て生まれたわけではない。私の導き手となったのが、他でもない、Magic: The Gatheringにおける色の一つ「緑」の思想なのである。

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カードゲームにおける色の概念は、カードゲーマーであれば理解していただけると思う。多くのカードゲームにおいて、こうした色はプレイに関わってきて、プレイヤーをルールで縛ることで同時にゲームやデッキ構築の駆け引きを生み出していくものである。MTGにおいては、その色の「マナ」と呼ばれるコストを支払ってそれぞれの色のカードを唱える。
ひなろじに関わりがあるヴァイスシュヴァルツラクエンロジックにも色は存在するし、カラパレのヴァンガードにおいてはクランがそうした分類となっているはずだ(武士FANのみなさんは、こいつブシゲーのアニメを2本も挙げたのに商売敵の話を始めたぞ!!と石を投げないでください!)


大体こういう色はゲーム性としてそれぞれに得意分野があって、ヴァイスシュヴァルツだと赤が墓地回収だったり青がドローだったりしたはず。MTGの色にもそうした特徴があるのだが、このゲームの特色として、各色の思想というものがハッキリと設定されているというものがある。MTG、この5色(+無色)で世界を表しており、すなわちいかなる存在や思想もこの色の組み合わせで語るという試みが可能というわけなのだ。
は植物の色で、主に自然を司るカラーなのだが、その思想を掘り下げていくと単純なナチュラリストというだけではないことがわかってくる。別に緑の存在の全てが「人間は愚かだから滅ぼして動植物がのびのびと生きる世界を繁栄させようぜ!」 みたいなエコテロリスト思想を持っているわけではない、私も人間の文明が大好きだし。
(まあ過激自然主義者の人も緑には違いないが……)


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わたしもカラーパイ論に関してはまだまだ学びの途中だと思っているのだが、しかしなんとなく私の好きな傾向を追っていくとどうやら緑の思想がそれなりに絡んでくることがわかってきた。私自身緑色は好きだし、どうやら緑のオタクだったらしい。こうして思想が合致するの、それこそ「運命的」なんだよな……ほら末茶藻中(まっちゃもなか)とか名乗っているし……。
話が逸れた。上記のWebページを見ていただけると、なんとなく言いたいことがわかっていただけたのではないかと思う。多分。どうだろう。で、わたしがなぜ今回未熟なわたしのカラーパイ論を振りかざして記事を書いたかと言うと、MTGプレイヤーやカードゲーマー以外に理解されない概念すぎて「緑」なんだよな~ということを言ってもあんまり伝わっていない気がするからなのだ。こんな感じの思想がわたしの言っている「緑」なのです。なので今後ツイッターで私が「緑」だな~ってツイートをしていたら、あ~こういうことを言っているんだなって思っていてください。
ちなみに上記5作+フリージはシンプルに作品として私が非常に気に入っていてどれも名作なので、オタクの皆様方にも触れていただきたいと思う。それこそたまたま何かの縁に導かれてこんなページを覗いてしまった「緑」の愛好家の方がいるならば、私が自信を持って勧める「緑」の作品であるので是非一度見てもらえると嬉しい。


私の語ったことについての諸君の考えを(優しく)聞かせてほしい。各ソーシャルメディアTwitterTwitterTwitterTwitter)で(日本語で)聞かせてくれたまえ。




終わりだよ~



ちなみにMTGなんですけど、なんと自然の畏怖の象徴のようなあの偉大なるゴジラがコラボによってカード化するらしいですよ! ウオ~~~~~!!!!!
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「今労働が破壊されてるのでお金がかかるカードゲームはちょっと……」とか「透明な板が設置されていても心配なのでカードショップはちょっと……」みたいなわたしのような人にも朗報だ。なんとMTGアリーナでもゴジラのカードで遊べちまうんだ! ワオ! この引きこもり期間に家にいながらにして基本無料で世界中のプレイヤーと対戦できるゲームはピッタリだね! というわけでみんなも家でアニメを見たり音楽を聞いたりMTGアリーナをやったりして文化的に過ごそうな!

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