日陰の小道

私のロジックは私みたいな話をしたりします

アニメ『BLUE REFLECTION RAY / 澪』における、The Smiths・Morrissey要素の解説と考察〈7〉(第19話~第21話)

もう終盤です!
このあたりは本当にアニメもかなり山場が多く、見直していてつい涙を流してしまいました。

<前回までの記事>(クリックで開きます)
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第19話 見つけた、見つけた、見つけたよ(Found Found Found)

今回は『Found Found Found』です。詩集も同タイトルの「見つけた、見つけた、見つけたよ」ですね。
モリッシーソロの2ndアルバム『Kill Uncle』に収録されています。

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歪んだギターが全面に押し出されているのが、モリッシーのキャリア的には少し物珍しい気もするヘヴィなロック・ナンバーですね。なんとなくこういう曲ってもうちょっとたっぷり聞かせるのが常という気がするのですが、2分に満たない内にあっさりと幕を閉じてしまいます。ここにもモリッシーの、あくまで2,3分でコンパクトに纏めるというポップソングへの信条が健在だな、と思わせます。


歌詞としてはシンプルな内容でわかりやすいですね。大切な人を「見つけた(found)」ことを繰り返し歌うのはその喜びを感じさせます。しかし、出会いは同時に失うことを既に想起させるものであり、「出会わなければよかったなぁ(Oh, but if I'd never found)」なんて、ふいに後ろ向きになってしまいます。どんどん後ろ向きになったままあっさりと曲は終了してしまいます。喜びと悲しみ、深刻さとユーモアが同居している歌詞は、やっぱりモリッシーらしいなあと感じますね。

Found found found
Found found found
Someone who's worth it
In this murkiness
Someone who's never
Seeming to be scheming


(Oh, but if I'd never found)
(Oh, but if I'd never found)
Oh, but if I'd never found


(Found Found Found / Morrissey


今回はアニメとの関連もシンプルなものでいいのではないでしょうか。共通しているのは”出会いの苦しみ”です。これはもうアニメでもそっくりそのまま美弦がそうした自身の心情を語っています。
父の死、母の失踪……美弦にとって大切な人は、いつも決まって悲しみを呼び込むものでした。そんな彼女に残った「たった一つの大切」が妹の陽桜莉でした。しかし17話「エンジェル、エンジェル」でも描かれたように、陽桜莉はフラグメントを暴走させ、再び美弦は”大切”によって悲しみを経験します。正確にはこの時描かれているのは二周目(ブルリフRの舞台となる世界)の美弦なので、一周目のその記憶を紫乃によって呼び起こされてしまいました。この時、美弦にとって決定的に、大切は決まって悲しみとなるものとなってしまいます。


美弦の回想の中で、姉妹は悲しみに暮れる母を見つめている。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第19話より


ここでの紫乃との出会いも”悪い出会い”という描かれ方だと思います。二周目での過去の美弦はとにかく落ちていくので、一周目で彼女の支えであった”良い出会い”の百とは巡り合うことができていません。二周目の美弦にとって支えである大切な陽桜莉も、一周目の忌むべき記憶によって彼女を追い詰めてしまいます。
それにしても、ここでひたすら美弦を追い詰める紫乃の巧みさは本当に恐ろしいですね。言葉巧みに美弦に近づき、フラグメントを抜き取るという罪を共に行うことで共犯の意識を芽生えさせ、美弦を逃れられない罪悪感の茨でがんじがらめにしています。紫乃自身がかつて母のカルト宗教に利用され、破滅させられたことを考えると、このあまりにも恐るべき紫乃の人心掌握の巧妙さは、なんとも皮肉なことに思えます。


結果、今の想いを管理すべく動く美弦は、彼女自身の感情をも他人に見せません。陽桜莉のことを守ろうと話すも、その表情は空虚なものです。しかしそんな彼女は陽桜莉と剣を交え、想いを共鳴させると次第に苦しそうな表情を見せます。ここでもやはり出会い・人との関わりというのは苦しみを呼んでいます。それは陽桜莉が、美弦の本心を探そうとして彼女に近づいているからです。心の接近は、剣の鍔迫り合いという空間的な距離によって表現されています。


美弦と陽桜莉は剣を交え、共鳴の衝撃派を生み出す。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第19話より

”大切を見つける”ことは苦しみを呼びます。しかしだからといってそれをすべきでないとしてしまうのは、あまりにも短絡的です。”見つける”ことが救いになることもまた、この作品で繰り返し描かれてきたことです。
今回、傷つき落胆する涼楓をが励まします。都は1クール目で陽桜莉と瑠夏によって”見つけられ”ることによって救われた1人です。都はかつて自分がそうされたように、今度は涼楓の想いを”見つけよう”とします。”見つける”ということは、人間関係によって生み出されていきます。



涼楓へと語りかける都。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第19話より


人が”見つけられる”ことで救われるとしたら、どうして”見つける”ことを苦しみによってやめることができるでしょうか。出会いの喜びは失う苦しみと表裏一体です。しかし、結局のところ人というのは”見つけあっていく”しかないのだと思います。ルージュの目指す「優しい世界」には苦しみの想いがありませんが、しかし陽桜莉たちはあくまでも険しく苦しい現実の世界を目指しています。
美弦は陽桜莉の、陽桜莉は美弦の、それぞれの名前を呼び、離れ離れだった姉妹はようやくそれぞれを”見つけ”ました。19話かけて、ようやくこの二人は再会できたのだと思います。



さて、苦しみがあろうとそれを乗り越える人の出会いが感動的に描かれたエピソードでしたが、そうなると気になることが当然あります。それは”悪い出会い”であった紫乃と美弦のことです。しかしたとえどんなに苦しみを生むものだったとしても、そこにあるのは悪いことだけではない、というのが今回のエピソードです。
「現実とコモンの間に隠れている」という状態らしい紫乃は、まだ人々によって”見つけられて”いません。ここからブルリフRという作品が、紫乃という1人の少女を改めて”見つけて”大団円へと向かうために、美弦の結んだ縁は極めて大きな役割を果たすことになります。


感情を嫌うルージュ側の美弦や紫乃は、感情の発露を”醜い”と評します。
ふとここで再び『Found Found Found』のことを思い出すと、モリッシーの歌う感情というのは本当に情けないものです。しかし私たちにそういう情けない感情がずっとつきまとっているからこそ、この歌詞というのは奇妙な引力を持っています。これも、人間と感情という関係の面白さだなと思います。

第20話 ギロチンのマーガレット(Margaret On The Guillotine)

今回は『Margaret On The Guillotine』です。詩集も同タイトルの「ギロチンのマーガレット」ですね。
モリッシーソロ1stアルバム『Viva Hate』に収録されています。

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静かなギターとモリッシーの歌声で聞かせる美しい曲です。この曲は歌詞内容もタイトルも直球で、イギリス第71代首相「マーガレット・ヒルダ・サッチャー(Margaret Hilda Thatcher)」のことを歌った歌です。タイトルから察せられる通りで、ひたすらサッチャーの死を願った歌です。ここまでくると痛烈な非難を超えて、悪口めいていますからすごいですね。スミスやモリッシーサッチャー嫌い*1はよく知られていますが、こうして面と向かって非難するような曲を聞くと、その激しさがより一層伝わってきます。

The kind people
Have a wonderful dream
Margaret on the guillotine
Because people like you
Make me feel so tired
When will you die?
When will you die?
When will you die?
When will you die?
When will you die?


(Margaret On The Guillotine / Morrissey


サッチャーの政策は多くの失業者を生み出し、また同性愛を厳しく規制したことなどから、多くの反発を招きました。今回その政策の是非について語るのは知識もなく目的でもないため避けますが、ともかく、貧しい/社会に馴染めないような若者という、スミス・モリッシーの支持層と相容れないものであったのは間違えないでしょう。この曲では更に、サッチャーがいなくなることによって優しい人々による夢が現実になる、と説いています。

And kind people
Do not shelter this dream
Make it real
Make the dream real
Make the dream real


(Margaret On The Guillotine / Morrissey


アニメの話に移りましょう。この曲の”強い国家(世界) VS 社会的弱者”というような構図はそのまま受け取ることができそうですが、しかしアニメとマーガレット・サッチャー(Margaret)に直接関係がないことは明白です。タイトルにもなったマーガレットは、別のものを連想させるとすれば花のマーガレット(Marguerite)でしょう。この2つは英語の綴りは違いますが、日本語において違いはありません。
この考えでいくと「ギロチンのマーガレット」はギロチンにかけられる花、すなわち”花の死”です。”花”はこの作品においてフラグメントであることからも、”少女の想い”と重ねられています。そしてこのエピソードでは、まさに”花(フラグメント)”が壊されてしまいました。そのフラグメントは紫乃のもので、しかもそれは他ならぬ彼女自身によって壊されてしまいます。


ルージュ側のトップである紫乃は、人々の想いを管理する「優しい世界」を実現させようとしています。彼女にとって人々の”想い”は醜く、消し去るべきものです。しかし今回、正気を取り戻した美弦によって紫乃もまた自らの想いを揺さぶられることになりました。これによって彼女は自分の中にまだ想いが残っていたことを思い出します。自らの想いに苦しみ続けたからこそ人々の想いをなくさんとする紫乃は、その忘れていた自らの”想い”を消すことにします。


フラグメントを破壊し、天に昇る紫乃
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第20話より


フラグメントの破壊と、自らの昇天。すなわち紫乃という”花の死”によって、彼女の目指す「優しい世界」は実現しました。世界は草に侵食され、一面の緑へと染まり、恐ろしげな穏やかさに満ちたものに変貌してしまいます。想いをなくした人々は虚ろで、ここには争いや苦しみは存在しません。
”花の死”によってもたらされた世界ですが、ここにもまだ”花”が残っています。マーガレットの花にもどこか似たビジュアルのその花は、道端の春紫苑。強い繁殖力を持つ春紫苑は、その生態から「貧乏草」と言われるほどどこにでもある雑草です。ここで、人々に気づかれずに忘れ去られてしまう”路傍の花”は、さまよい続ける子供の姿の紫乃そのものです。この世界で”路傍の花”に気がつく人は誰もいません。


路地裏に咲く、春紫苑の花。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第20話より


ついに紫乃の悲願が現実のものとなった(Make the dream real)わけですが、これは本当に「優しい世界」なのでしょうか。この虚無に満ちた世界が紫乃自身の救いにすらなり得ないことは、ラストでさまよい続ける紫乃の半身の物悲しさによって描かれます。”花の死”によってようやくもたらされた世界は、やはり他の”花”を見つけることなく見殺しにしてしまいます。
もともと『Margaret On The Guillotine』で歌われる夢の世界というものが、弱者が生きることを許されたものであるということは、今まで歌われてきたスタンスから言っても間違えないと思います。そして更にマーガレットの指す意味がアニメで変わった今、”マーガレット(花)”をギロチンにかけることは肯定されません。しかも今回登場した花はマーガレットではなく、紫乃のフラグメントの彼岸花と、そして路傍の春紫苑です。やはり陽桜莉たちが目指すのは、色とりどりの花が咲き誇る世界なのです。


最後に、メインキャラクターのフラグメントの花について公式から質問箱へ回答していたものがあったので、せっかくですから貼っておきます。

第21話 まだ何もものにしていないよ(You Just Haven't Earned It Yet, Baby)

今回は『You Just Haven't Earned It Yet, Baby』です。詩集も同タイトルの「まだ何ものにしていないよ」ですね。
コンピレーション盤の『The World Won't Listen』『Louder Than Bombs』などに収録されています。

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3分間のキャッチーでアップテンポな曲の中には多彩なアイデアのギターフレーズの展開があり、楽曲のグルーヴ感といいスミスの音楽的充実が伺える楽曲です。
歌詞はモリッシー流の応援歌という感じでしょうか。うまくいかない”あなた”に対して繰り返し「まだ何もものにしていない(You Just Haven't Earned It Yet)」と歌われています。

You just haven't earned it yet, baby
You just haven't earned it, son
You just haven't earned it yet, baby
You must suffer and cry for a longer time
You just haven't earned it yet, baby
And I'm telling you now ... .


(You Just Haven't Earned It Yet, Baby / The Smiths

「何もものにしていない子供だから」という言葉は、一見すると口うるさい年上の人間の説教そのものです。しかし曲の後半、これを歌っているその人がかつてこの言葉(You Just Haven't Earned It Yet)を言われたのだ、ということが明かされます。自分もかつて同じ立場の存在であるという告白によって、この口うるさいアドバイスは一気に真実味を増していきます。ここには人生の無常を感じますね。

Today I am remembering the time
When they pulled me back
And held me down
And looked me in the eyes and said
You just haven't earned it yet, baby


(You Just Haven't Earned It Yet, Baby / The Smiths


アニメの内容はと言えば、今回は重要なシーンもありつつも終盤最後の小休止回、という感じのエピソードです。長らく敵対してきた美弦がようやく味方になり、コモンとの繋がりが生まれたことで百もフラグメントを取り戻し目を覚ましました。学校の中では、久々にのんびりとした空気が流れます。
楽曲との関わりを探るとすれば、曲はエピソードの穏やかさに対して「まだ何もものにしていない」と少々冷水をかけ、油断できないことを示すためのような関係でしょうか。有理が言うには「想いは老若男女関係なく失われている」という、まさに危機的状況です。最後にこのタイトルが登場したからには、まだここから苦しみと涙を経なければならない(You must suffer and cry for a longer time)というものを感じますね。


虚ろな人々を前に大喜びする詩。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第21話より


他に注目したいことは陽桜莉の心境でしょうか。今回は美弦と久々の日常を過ごすことになる陽桜莉ですが、姉が百と楽しそうに料理をするところを始めて見ることになりました。家の中では姉と妹という狭い世界でしたが、一歩外に出てみるとお互いにもそれぞれの交友関係があり、生きる世界があります。陽桜莉は「モモさんといるお姉ちゃんは私の知らないお姉ちゃんで、なんだかくすぐったくて、少し寂しくて。でもね、嬉しいのほうが大きかった!」と語ります。かつて「違う世界を知ってほしい」という姉の言葉をちゃんと受け取れなかった陽桜莉は、この時ついに各々が違う世界へと歩んでいくことを決められたのかもしれません。
もちろんそれは「自分と陽桜莉との境界がなくなってた」と語る美弦にとっても言えることです。陽桜莉と別々に歩むのだということを妹より一歩先に決めた美弦の想いによって百は目覚め、そして百と一緒にいる「知らない姉」を陽桜莉が見つめる、という流れが今回のエピソードにあります。つまり、楽曲と重ねると美弦は『You Just Haven't Earned It Yet, Baby』の語り手であり、陽桜莉は聞き手です。多くの経験と繋がりの先に、未来が存在しています。


陽桜莉は、瑠夏と仁菜に姉のことを話す。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第21話より


皆を集め、美弦は「紫乃を救いたい」と語りかけます。ここで「まだものにしていない(haven't earned it yet)」のは、この世界の多くの人々の想いであり、そしてもちろん紫乃の想いです。「フラグメントを救って終わりじゃない」と美弦が語るように、この学校での繋がりの先に、世界中へと広がっていく人々の輪が緩やかにあります。誰かとの繋がりを得ること、誰かと関係を持っていくということに、終わりはないのかもしれません。これはぬか床をかき混ぜ続けなければならないことも同じです。
陽桜莉も「お姉ちゃんの想いと同じ」と応え、全員がここにきていよいよ一致団結します。
”繋がり”を追い求めるリフレクターたちの戦いも、いよいよ終盤です。


いよいよ最終決戦前というエピソードでしたが、この次のエピソードはブルリフRでも屈指の凄惨なエピソードでした。もしかすると、まだ苦しんだり泣かなければならない(You must suffer and cry for a longer time)のは、視聴者の方だったのかもしれません……。


公式がハードル上げて本当にそうだったりすることあるんだ。


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