日陰の小道

私のロジックは私みたいな話をしたりします

アニメ『BLUE REFLECTION RAY / 澪』における、The Smiths・Morrissey要素の解説と考察〈5〉(第13話~第15話)

ここから後半クールの話題です。ようやく折り返しですが、円盤発売までには仕上げたいなと相変わらず気長に考えています。円盤がいつ発売するか未定ですが……。

<前回までの記事>(クリックで開きます)
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第13話 サム・ガールズ(Some Girls Are Bigger Than Others)

今回は『Some Girls Are Bigger Than Others』モリッシー詩集では『女の子の大きさは千差万別』)でしょう。
3rdアルバムのThe Queen Is Dead』に収録されています。
アルバムのラストを飾る短くも美しい曲です。

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13話は2クール目開始の話数ということで、改めての紹介と情報の整理ということで各人物の現状が提示されています。複数の少女が出てくるので、そのまま『サム・ガールズ』……というのがまずあるでしょうか。もっとも、ブルリフRに関しては複数の少女が出てくるというのはこのエピソードに限らないような気もしますが。
今回は橘涼楓皇亜未琉という2人の新たな少女も更に増えて、ますます賑やか(?)になっていますね。


楽曲の方に移りましょう。この曲は歌詞自体は極めて単純明快で、大部分が以下のフレーズの繰り返しで成り立っています。

Some girls are bigger than others
Some girls are bigger than others
Some girls mothers are bigger than other girls' mothers

(Some Girls Are Bigger Than Others / The Smiths

歌詞そのものはシンプルですが、ここでの「Some girls are bigger than others」が何を指しているのかは今ひとつわかりません。ヒントとなるのは唯一、「Some girls mothers are bigger than other girls' mothers」というフレーズです。「ある女の子は他の女の子よりも大きい」と繰り返した後で「ある女の子の母親は他の女の子の母親よりも大きい」と歌われる構成です。
結局「bigger than」なのが、身長なのか、体の部位の大きさなのか、はたまた気持ち的なものなのかはやはり詳しく語られていないのでわかりませんが、ともかくここで語られているものは「遺伝するもの(身体的と解釈されることが多い)」であるとわかります。


アニメの話に戻ります。親子関係に着目してみると、まさに冒頭に寮長が母親と登場していますね。



寮長母子を見送る陽桜莉。2人を「似ていた」と瑠夏に話している。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第13話より


寮長は特にアニメのお話には絡んでこないのでここはけして重要なシーンではありませんが、ともかく今回の軸が親子の何かしらにあると見出すことのできるワンシーンではないでしょうか。
ブルリフRには様々な親子が登場しますが、その関係は子どもにとって不幸なものが多いです。失踪した平原姉妹の母、娘を見ない都の母、放置虐待の仁菜の母、そしてこの段階ではまだ語られていない紫乃の母、など。
紫乃はまさに母の所業によって現在の暗躍する彼女があるわけですが、母から逃れようとしつつ、皮肉にも母と同じ「悪を憎む」ということに、彼女自信も知らず識らずのうちにか、囚われてしまっています。これもまたある意味では”遺伝”と言えるのでしょうか。


紫乃の身元を調べるも、家族と連絡が取れないとの情報が。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第13話より

仁菜はルージュの拠点である教会を去り、詩に「家出」なんて言われています。これも彼女が変化しようとしている(家庭環境による不幸の連鎖を断ち切らんとする)ことの現れなのかもしれません。


瑠夏の家庭は円満ですが、基本的にこの作品にとって家(家族・母)というものは少女を閉じ込める籠であり、恐ろしさのあるものであるという側面があります。それに比べると寮長母子(親子)を見送って同い年だけで寮生活をする陽桜莉たちの姿からには、明るいBGMも相まってかなりのびのびとした開放的な雰囲気を感じます。
余談ですが、寮生活のシーンはブルリフRでも何度か登場しますが、モラトリアムのまま閉じ込められた学校で終わらない夏休みを謳歌する『BLUE REFLECTION TIE / 帝』っぽいシーンだなと思います。BGMもゲームのメインテーマが使われたりしていますね。
少女たちだけの世界は、彼女たちが押さえつけられずに生きられる「優しい世界」でもあります。しかし、陽桜莉たちは、自分本位な目的でその世界を実現しようとする紫乃たちを止めるため、戦わなければなりません。このように、あくまで苦しい現実でどう生きていくかということが、この作品の根底にあるのだと考えています。


親子ではありませんが、血筋という意味では平原姉妹は作中できっちり顔と名前が登場する”家族”関係の2人です。陽桜莉と美弦、そしてその失踪した母も皆気丈に振る舞いつつも抱え込みやすかったりと、似たところが感じられる人物造形になっています。
そんな陽桜莉と美弦ですが、今回のエピソードにおいては両者の”遠さ”が語られています。


突如現れた美弦。陽桜莉は対峙するも、実の姉をどこか遠く感じている。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第13話より


この時の美弦は紫乃の力の源によって正気を失った(次話の仁菜が言うには「想いを感じない」)状態です。同時に物語としては、陽桜莉が姉の体験してきたことをまだよく知らない、ということが示されているシーンでもあるかもしれません。
1クール目の物語で敵味方として対峙し、陽桜莉が理解しようとしてもできなかった姉・美弦。このエピソードは”遺伝”という”近さ”ということを一つの軸にしつつ、一方で平原姉妹の”遠さ”を描いています。この近そうで遠い一人の家族のことを、陽桜莉が一人の人間同士として理解していくことは、後半の物語における大きな流れでもあります。


最後にもう一つ。昏睡状態となってしまった百ですが、瑠夏は今回百が大事にしていた「ぬかさん」ことぬか床を保護(?)しています。ぬか床も百がおばあちゃんから受け継いだものなので、”遺伝”の一つと言えるかもしれません。ぬか床を必死に運ぶ瑠夏はちょっとおもしろさを感じるシーンだったりもしますが、『Some Girls Are Bigger Than Others』がとにかく”遺伝”というものの強烈さを歌っているとすれば、これもまた大切なシーンなのではないかと思います。”遺伝”に目を向けるということは、その人自身に目を向けることでもあるのでしょうから。


ぬか床を運ぶ瑠夏。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第13話より


第14話 言葉をなくした目撃者(Mute Witness)

今回は詩集でも同タイトルの『Mute Witness』でしょう。
モリッシーソロの2ndアルバム『Kill Uncle』に収録されています。

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段々と盛り上がっていく軽快な伴奏の中、朗々と歌うモリッシーの歌声が印象的な楽曲です。歌詞では「Crying so loudly on the floor」とここで目撃者の女性が見たものが狼狽するほどひどく恐ろしい出来事であることが伺われ、軽快な曲調と裏腹に恐怖を感じさせます。

Your poor witness
Crying so loudly on the floor
Oh, well, she's only trying to tell you
What it was that she saw


(Mute Witness / Morrissey


彼女が言葉を発することができない理由は、はっきりと語られません。「With her small arms flailing」という表現からもこの目撃者がまだ幼いことを感じさせます。こうした部分からも彼女が恐怖のあまり言葉を発することができないのも無理はないのかもしれません。
彼女が無言の理由として、彼女が障害者であり、障害がテーマの一つである楽曲と解釈されることもあるそうです。ちなみにこの曲のリリースの後年『Mute Witness』という同名のホラー・サスペンス映画が作られているそうで、直接の関係はないようですが、ここでの主人公は失語症故に「言葉をなくして」いるそうです。わたしはホラーが大の苦手なのでこの映画をチェックすることはできませんが……。
彼女がこうなってしまった理由に関してはともかく、歌詞の物語において、周囲の人々はしばらく彼女の意図を汲むことができません。最後に”わたし”が彼女に優しく寄り添うことで、この難航するコミュニケーションは急激に円滑なものになっていきます。このあたりで挿入されるコーラスも、どこかこの感動的なシーンを演出しているように感じます。

"Now dry your tears, my dear"
Now see her mime in time so nicely
It would all have been so clear
If only she had never volunteered
"Your taxi is here, my dear"


(Mute Witness / Morrissey

アニメの話に移りましょう。今回のエピソードと楽曲に共通点を見出すとすれば「コミュニケーションの困難さ」でしょうか。この14話には”言葉をなくし”てしまった人々が何人か登場します。
前話で登場した涼楓と亜未琉の掘り下げが行われましたが、実は亜未琉にはかつてフラグメントを抜かれてしまった過去がありました。彼女が感情を暴走させた苦しみは、涼楓への秘めた想いによるものでしょうか。とても仲が良く見える2人の関係ですが、ここには「言葉にできない」ことによる断絶が存在していました。


2人で撮った写真を見ながら、亜未琉のことを語る涼楓。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第14話より

「言葉にできない」ような2人の関係。しかしそれぞれが個々の人間である以上、その暗黙の了解めいた両者の関係への認識にも、気が付かないうちに齟齬が生まれることだってあります。
涼楓は持ち前のルックスや雰囲気から、同性の少女たちから大量のラブレター、バレンタインにはチョコレートを貰います。そんな涼楓に対して亜未琉は明るく振る舞いますが、しかし一瞬呆けたりと彼女が何か抱えていることを感じさせます。「チョコレートを一緒に食べてあげる」というのも亜未琉の精一杯の「涼楓と一緒の気持ちである」ということを彼女が無理やり押し出している表現のように思えてしまいます。
ここでの亜未琉はまだ”言葉をなくし”てはいませんが、しかしフラグメントを抜かれた彼女は昏睡状態になり、その後も「途切れて」しまうことがあるようです。ブルリフRにおいて、”言葉をなくし”ているのは”想いをなくした”状態とも重ねてもいいかもしれません。
”想いをなくした”人は、眠り続けて当然話すことはできません。


”想いをなくした”少女。この作品において想いと同義であるフラグメントが壊れてしまったも、変わらず昏睡状態です。前話同様「百のおばあちゃんのぬか床」は今回も再び登場します。体内に手を入れられフラグメントを抜き取られた百の姿と、かき混ぜるために手を入れるぬか床。この2つは「手を入れる」という点において極めて類似しています。
百の回復を願う少女たちにとって、「ぬかさん」は「百さん」です。瑠夏はずっとダメにならないよう賢明にぬか床をかき混ぜますし、都は昏睡状態の百の口元にぬか漬けを差し出します。


百の元を訪れる都は、ぬか漬けを百の口元へと差し出す。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第14話より


もう一人、「想いをなくした」と語られているのは美弦です。今回陽桜莉はフラグメントを暴走させる少女に巡り合う中で、再び仁菜と再開します。仁菜は前話の中で、美弦と剣を直接交えていますが、その結果「何も感じなかった」と話しています。通常リフレクターは剣を交えることで、相手の想いを感じ取ることができます。
かつてルージュリフレクターとして想いを奪っていた仁菜は、一度抜き取ったフラグメントを少女(亜未琉)に戻してみたことがあるといいます。しかしその結果、亜未琉は今のように「途切れる」ようになってしまいました。このことで仁菜は「一度なくした想いは元に戻らない」という考えを持っています。
一方でその考えを陽桜莉は否定し、美弦や百を諦めようとしません。一度試してうまくいかなくても、想いがもとに戻らないとは限らない、と言うのです。この2人の姿勢には『Mute Witness』の歌詞を感じます。最初から諦めている仁菜は、言葉をなくした目撃者の少女を理解しない周囲の人々です。一方の諦めない陽桜莉は、あくまでもフラグメントを抜かれた人に寄り添おうとします。「もう泣かなくていい("Now dry your tears, my dear" )」と語った、”わたし”のように。


ということで『Mute Witness』弱者に寄り添う諦めない姿勢は、陽桜莉の姿勢に近いのではないか、という話でした。今回で家出少女の仁菜を拾うことになるわけですが、これもまた弱者に寄り添う姿、という気もします。
一方で歌詞のショッキングな事件を目撃した「目撃者」との関連は今回あまりピンときませんでしたが、こういうところは元ネタありきサブタイトルの内容との少しのズレ、という愛嬌でしょうか。


第15話 仲良くつるんで(Hand In Glove)

今回は『Hand In Glove』でしょう。「手袋の中の手」という言葉が転じて仲が良い・結託する、という言葉になったらしいです。詩集でもそうした言葉の使われ方を汲んで、アニメサブタイトルの通り「仲良くつるんで」と訳しています。
スミスの1stアルバムThe Smithsに収録されており、スミスの1stシングルの曲でもあります。




今回はそのまま「仲良くつるんで」いる回なので、サブタイトルの採用理由はわかりやすいかなと感じます。15話は大人のいない寮に集まって、陽桜莉たちが涼楓や亜未琉も交えて賑やかに掃除をしたりバーベキューをしたりしています。
せっかくなので原語タイトルの『Hand In Glove』にならって今回は”手”に注目してみます。相手の手を取る、握手をする、などといった行為によって相手に友好的であることを示すのは、現実でも珍しいことではないので、映像作品の演出においても象徴的に用いられることは珍しくないとも思いますが。


さて、エピソード内で”手”によるつながりの表現が何度か登場しています。仁菜を引き止めようと都が腕を掴むシーン、陽桜莉と亜未琉が出会って手を重ねるシーン、など。
特にいいなと思ったのがアイスのシーンです。袋の中でアイスを取るために一緒になって手を入れているのが微笑ましく、いかにも仲良しという雰囲気が出ています。(ブルリフRとしてはやや珍しい)楽しげなシーンが多い今回ならではという感じがします。亜未琉が袋の中で陽桜莉の”手”を触ってしまう、という一幕も。


袋に同時に手を入れ、くじ引きがわりにアイスを引く陽桜莉たち。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第15話より


もう一つ”手”について。今回は仁菜を迎えることを了承したり、率先して掃除にバーベキューを仕切ったりと、の奮闘っぷりが描かれています。ですが彼女は仁菜に想いを抜かれたことを忘れられず、密かにその”手”を震わせています。”手”を取り合って仲良くなるための、彼女の健気な振る舞いを感じさせます。
腕のブレスレットはかつて仲間の証として、陽桜莉と瑠夏、そして百とおそろいのものとして(百の分はその時ビーズが足りませんでしたが)都が用意したものです。前後のエピソードでは都はこのブレスレットをしていませんから、あえて自分を奮い立たせるためにこの「仲良し」の証であるブレスレットをはめているのでしょうか。


自室で密かに手を震わせる都。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第15話より


一旦曲の話に移りましょう。『Hand In Glove』は単に「仲良し」なことを歌っているのではなく、その結託は打ち捨てられた少数派・弱者たちの寄り合いという色を感じさせます。「The Good People laugh」というようにまともな人が嘲笑し、惨めに見えようとも「But we've something they'll never have」と気高く対抗するような姿勢を見せます。

Hand in glove
The Good People laugh
Yes, we may be hidden by rags
But we've something they'll never have


(Hand In Glove / The Smiths


この曲には実にスミスらしい”奴ら”と”わたしたち”の対立構造が存在しています。この曲は”奴ら”がもし”わたしたち”を脅かすとしたら、断固として戦う(I'll fight to the last breath )という姿勢を見せています。この強がりの遠吠えっぽくもあり、決意表明っぽくもあり、という諦めと力強さの同居している世界観もスミスらしいですね。
先に話したようにこの曲はスミスの1stシングル曲なのですが、非常に後の楽曲にも共通するようなものが既に存在しているなと感じます。

So, hand in glove I stake my claim
I'll fight to the last breath
If they dare touch a hair on your head
I'll fight to the last breath


(Hand In Glove / The Smiths


アニメと関連付けてみると、この「攻撃はしないが、自分の領域を守る」という姿勢は、陽桜莉の「想いを守ろうとする」それに近いなと感じます。陽桜莉は「その人の想いはその人だけのもの」ということをいつも語っています。これは何が起ころうとも揺るがない、彼女の強い信念です。


掃除をしながら都と話をする陽桜莉。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第15話より


『Hand In Glove』ですが、最後には弱気になって”わたし”と”あなた”の別れを予見する、という物悲しい終わり方をします。”わたしたち”の結託を語りつつ最後には二度と会えなくなってしまう、というこのアイロニカルな結末もなんともらしい世界観だなと思います。

But I know my luck too well
Yes, I know my luck too well
And I'll probably never see you again
I'll probably never see you again
I'll probably never see you again
Oh ...


(Hand In Glove / The Smiths


賑やかな寮でのひとときを通じて、瑠夏たちと仲良くなったかのような亜未琉涼楓。しかし楽しいひと時は終わりを告げ、その先には別れがあることを感じさせます。亜未琉は自分の先のなさを感じて瑠夏に涼楓を託そうとしますし、涼楓はそれを知って瑠夏に自分の苦しみの想いを抜いて欲しい、と懇願します。
前話のバレンタインの日の回想シーンで、亜未琉は涼楓の手を取ることができませんでした。仲良く振る舞いつつも、この2人のすれ違いは今も続いています。


涼楓は想いを鎮めようとする瑠夏の手を取り、「想いを抜いて欲しい」と頼む。
『BLUE REFLECTION RAY / 澪』第15話より


また今回も「百さんのぬか漬け」が登場するわけですが、ぬか漬けは否応なしに百という「別れた人」のことを思い出させます。
そしてかつて敵対していた仁菜も、寮にいながらも遠慮が(特に、彼女がかつて想いを抜いてしまった亜未琉に)あり、輪の中に入ることができません。


戦いが少し落ち着き小休止回めいているエピソードでしたが、しかし相変わらず人々のやり取りの中にはどこか緊張感があります。『Hand In Glove』のクライマックスのように、これからの不安さを感じさせる回でもありました。